見慣れた東京の街並みがアートで一変!「東京ビエンナーレ2020/2021」

  • 写真・文:中島良平
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Hogalee『Landmark Art Girl』 東京のビジネスの中心地に大手町ファーストスクエア(南側側面)の壁面から、優しい目をした女性が涼しげに微笑む。

アートを通して大丸有から銀座を眺める。

2020年の開催を予定していた東京ビエンナーレが新型コロナ禍で1年延期となり、千代田区、中央区、文京区、台東区の施設や公共空間を会場に、9月5日まで開催されている。テーマは「東京の地場に発する国際芸術祭」。見慣れた風景がアートで一変するような、あるいは、普段は意識することのない東京の歴史や馴染みのないエリアの魅力に触れられるような、そんな体験を提供する貴重なアートイベントだといえる。大手町と丸の内と有楽町を結び、新たなまちづくりを進める大丸有・日本橋・京橋・銀座エリアから歩き始める。

丸の内の国際ビル地下1階に向かうと、タイ屋台料理や寿司、四川料理、トルコ料理、焼き鳥にスペインバルなど、魅力的な看板の数々が出迎えてくれる。空き店舗の空間だろうか。薄暗い部屋からぼんやりと光が漏れてくる。海外にルーツをもつ東京の住人にインタビューを行い、影絵を用いたインスタレーションが展開している。インドネシアで影絵芝居「ワヤン・クリット」を習得した影絵師でミュージシャンの川平亘平斎と、キュレーターの宮本武典が手がけた作品『東京影絵クラブ』だ。少子高齢化が進み人口も減り始めた日本では、外国出身者を受け入れ、新たな社会のあり方を考える必要に迫られている。多様な声を集めた川平と宮本は、『東京影絵』と題する書籍とアート活動を平行して行い、外国出身者たちの声を届けてくれる。

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川平亘平斎+宮本武典『東京影絵クラブ』 インタビュー動画と影絵が組み合わさり、19の国からやってきた60名のリアルな声が視覚化され、未来の東京へのヒントとして提示される。
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太湯雅晴『The Monument for The Bright Future TOKYO / 2021』 数寄屋橋公園にある岡本太郎のパブリックアート作品『若い時計台』に、原発の標語を組み合わせたモニュメンタルな作品。

ビルの谷間に仏像が降ってくる椿昇のAR作品『TOKYO BUDDHA』など、いくつかの作品を味わったら銀座へ。銀座五丁目の交差点に面した三愛ビル9階を目指す。エレベーターを降りると正面には時計が、そして窓の外には、おなじみの和光時計塔が見える。どちらもSEIKOのロゴが刻まれ呼応しているように見えるが、少し様子がおかしい。ギャラリーに設置された時計の文字盤には、1から10までしか数字が記されていない。手がけたのは、Soup Stock Tokyoなどを展開する株式会社スマイルズ代表の遠山正道。

アート作品のコレクターとしても知られ、スマイルズを立ち上げる前は作品の発表も行ってきた遠山は、例えば電子マネーの使用により「お釣り」をなくすような、無駄の排除に向かう社会の動きから着想。時間も10進法にしてしまう可能性を可視化したのが、この作品『Spinout Hours ~弾き出された2時間と、そのいくつか~』だ。排除された2時間は、本当に無駄なのだろうか? そもそも、無駄なものとは? 和光時計塔という銀座のシンボルが、「時」について考えさせる作品へと作家を導いた。

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遠山正道『Spinout Hours ~弾き出された2時間と、そのいくつか~』 弾き出された2時間をテーマに集まった言葉をARで可視化する体験型作品。同会場には、タイムマシンをモチーフにした作品も展示されている。

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村山修二郎『動く土 動く植物』 植物で絵を描く「緑画」の手法を考案した村山修二郎。地元秋田の海岸で集めた植物で絵を描き、さらに日比谷周辺で集めた雑草を用いて都内で絵を描き加えた。時間を経るごとに「緑画」の色彩は変容し、緑の香りとともに自然を体験させる。

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「東京の地場」から発信されるものとは?

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山縣良和『Small Mountain in Tokyo』 専用のアプリをダウンロードし、QRコードを読み込むと、神田川の向こうに神田山が現れる。

神保町・秋葉原エリアにも展示が点在する。アーツ千代田3331では角砂糖とアリによるインスタレーションで小学生に「民主主義」の考察を促すインスタレーション『スイート・デモクラシー』など複数の展示が行われ、その近くの古い蔵を改装したカフェ「ワンス・アポン・ア・タイム」では、川上音二郎が明治時代に翻案したシェイクスピアの戯曲『オセロ』を通して帝国主義を再考する、台湾出身の作家チェン・フェイハオの映像作品を上映。下町の雰囲気を味わいながら秋葉原から南下し、万世橋へ。

writtenafterwardsのデザイナー、山縣良和によるAR作品『Small Mountain in Tokyo』が万世橋の上から楽しめる。御茶ノ水駅方向にスマホをかざすと、かつて存在した神田山が現れる。山のある景色に囲まれて育った山縣は、東京の風景にも山があればいいのにと考えるようになり、調べるうちにこの場所に神田山があったことを知った。江戸時代に山は切り崩され、日比谷の入江の埋め立てに使用された。ARによって再現された神田山、かつて万世橋駅であった赤レンガ造りの建物、そして神田川越しに生まれた現在の街並み。東京の景色の時間のレイヤーを意識させる作品だ。

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西尾美也『着がえる家』 古着、既製服、反物と扱う品を変えながら営業を続けてきた海老原商店を会場に、「装いとコミュニケーション」をテーマに制作を続けてきた作家が展示とワークショップを実施。

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東京Z学研究所『東京Z学』 レトロな東京の姿を想起させる外観のレインボービル9階には、東京でフィールドワークをする新たな学問「Z学」の研究所が。

神保町では靖国通り沿いで、東京ビエンナーレで総合ディレクターを務めるアーティスト、中村政人のふたつの展示を楽しむことができる。ひとつは、中村が以前住んでいたビルの1室に、路上観察学や考現学の先にある学問「Z学」の研究所だ。「Z」は絶望の頭文字。中村はその次にくる「A」、つまり絶望の淵から「凝縮した愛(または存在の明るさ)のエネルギーが生まれている状態をZとして捉え」、そこに達した存在を知覚・研究することを「Z学」と定義する。駅に長く放置されていたというボロボロのカラーコーンや、不思議な佇まいの居酒屋の写真、そして天井には、中村が住んでいたころに設置したという高速道路の街灯が。室内で見るととんでもないサイズだ。

ビルを出た数軒隣には、かつて額縁店として営業していた優美堂を改修し、展覧会企画制作などを有志の参加者とともにつくりあげるプロジェクトを展開する。つまりは、すでに閉店した額縁店に残された大量の額縁も使いながら、優美堂を丸ごと作品化する試みだ。古くなって取り壊され、新しい建物が生まれたときには元の建物が何だったのかも忘れられてしまうスクラップ&ビルドへの疑義を体現したようなプロジェクトだ。

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中村政人『神田小川町・優美堂再生プロジェクト ニクイホドヤサシイ』 「ニクイホドヤサシイ」は、優美堂の電話番号にちなんだタイトル。屋内には若手作家のペインティングや、額縁のインスタレーションなどを展開。屋上も富士山をモチーフにリノベーションされている。

まだまだ展示は数多いが、1日で回るのはこのぐらいが限界だろうか。最後に蔵前で内藤礼の作品を体験して1日を終えたい。東京ビエンナーレのもうひとりの総合ディレクター小池一子がキュレーションした企画「Praying for Tokyo 東京に祈る」の1作品として、長応院という寺院境内のギャラリー空蓮房、同寺院の墓地、黒門小学校の地下防空壕を結ぶプロジェクト『わたしは生きた』を発表(完全予約制。現在は予約が埋まり、キャンセルが出たのみ予約可能)。1945年3月10日に大空襲を受けた東京、とくに被害の大きかった下町で、惨劇を繰り返すことのないように鎮魂の祈念をする。内藤礼のそんな思いが、小さな彫刻作品『ひと』と、墓所の慰霊碑に捧げられた水に込められている。

「東京の地場に発する国際芸術祭」と銘打った東京ビエンナーレ。新国立競技場の建設を理由に近隣の団地や公園を更地とし、街の記憶を刷新するようにして再開発を進める東京の都市計画は疑問だらけだが、こうやってアートを通して街を眺めると、東京の「地場」には多くの記憶が埋められており、それらが新たなエネルギーとなる可能性もあることが感じられるはずだ。

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内藤礼『ひと』 空蓮房の薄暗い空間に目が慣れると、白い光とともに『ひと』の姿をとらえることができる。その時間と空間体験も含めたインスタレーションだ。

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内藤礼『わたしは生きた』より 長応院の墓地には東京大空襲の慰霊碑が立ち、そこに水を捧げる行為を作品として発表。

東京ビエンナーレ2020/2021

開催期間:2021年7月10日(土)〜9月5日(日)
開催場所:千代田区、中央区、文京区、台東区の施設や公共空間
TEL:03-5816-3220(一般社団法人東京ビエンナーレ)
開場時間、休館日:展示により異なる
鑑賞料:パスポート 一般¥2,500、個別鑑賞券 一般¥500
https://tb2020.jp/