いま移住者が急増する、人口700人の山村とは?

  • 写真:大河内 禎
  • 編集&文:高野智宏
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東京都に隣接する山村、山梨県小菅村。村民が案内人を務める宿泊施設をはじめ、村のすべてが訪れる人を惹きつけて離さない。

山梨県小菅村は、面積の約95%が森林で、その約30%は東京都が所有する水源涵養林(かんようりん)(雨水などを吸収して水源を保つ森林)という、多摩川源流域の小さな村だ。

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多摩川源流/山梨県甲州市・笠取山の水干(みずひ)を源に、奥多摩から東京湾へと注ぐ、延長約138㎞の多摩川。小菅村はその源流域にあり、森林の3割を東京都水道局が管理。

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源流の水は、小菅村の名産であり県内随一の生産量を誇るワサビを育む。また、ヤマメやイワナなど川魚の養殖も盛んに行われている。

清らかで美しい水に引き寄せられるように、いまこの村に観光客や移住者が増えている。過疎の村がなぜ、全国の自治体から熱い視線を集めるのか。

「いちばんの理由は、2014年11月に開通した大月市と村とを結ぶ松姫トンネルです」。そう語るのは、村長の舩木直美さん。

「蛇行していた旧県道で1時間かかった道のりが、30分に。甲府地域への周遊も容易になりました」

村もこの好機を逃さなかった。15年3月には道の駅を開業。また、開通前年にはアスレチック施設をオープンし、観光客の受け入れ態勢を整えた。その結果、観光客数は年間8万人から18万人と、221%の伸び率(14年対18年比)を実現する。

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道の駅こすげ/石窯で焼くピザやジビエなど小菅産の食材を使った料理を出すイタリアンレストラン、村の特産品を販売する物産館がある。人気は、多摩川源流の水で育ったワサビをはじめ小菅村の新鮮な野菜。夕方には売り切れ必至だ。9つの湯船を有する日帰り温泉施設「小菅の湯」やアスレチック施設「フォレストアドベンチャー・こすげ」も近い。

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しかし、観光客は増えたものの、過疎化が進む村では、高齢化による旅館の閉館などで、日帰り客しか獲得できなかった。

「そんな時、築150年以上の古民家を村で活用してもらえないかと打診を受けました」

村は道の駅を手がけたコンサルティング会社と、古民家再生の実績を多くもつ会社とともに運営会社を設立し、19年8月に「NIPPONIA 小菅 源流の村」を開業させる。古民家の風情と、村の旬菜を用いた料理とで客をもてなすこの宿は、コロナ禍による三密回避の流れともあいまってマスコミなどに紹介され、注目の宿となった。

NIPPONIAの番頭である谷口峻哉さんは、こう述べる。

「コンセプトは『700人の村がひとつのホテルに』。道の駅を土産処に、隣接する温泉施設を大浴場に見立てるなど、村全体でおもてなしするイメージです」

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NIPPONIA 小菅 源流の村/古民家再生ホテルなどを展開する「ノオト」との提携により、2019年8月に開業。150年以上の古民家をモダンに再生した「大家」に加え、昨年には急峻な崖に立つ2棟の「崖の家」もオープン。村民が案内する道の駅までの散歩や野菜の収穫などができるアクティビティが人気を呼んでいる。https://nipponia-kosuge.jp
崖の家の自慢は、大きな窓から四季の移ろいを眼前に望むフォレストビュー。食事は、小菅産食材とともにシェフが考案したレシピが提供される。ゲストが自身で調理をするスタイルとなっている。

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大家のエントランス。かつて養蚕を営んでいた村の豪農、細川家の築150年以上の邸宅。重厚な梁や柱を活かして再生しており、玄関には土間が広がる。

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崖の家は、山間の村らしい崖の上に立つ。

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14年以降に小菅村へ移住してきた世帯数は36。小学校の児童数も13人増加した。だが増えたのは人だけではない。移転や起業によって、5社のベンチャー企業が登記されたのだ。

17年に村に醸造所を新設し、昨年、本社機能もここへ移したクラフトビール「ファーイーストブルーイング」社長の山田司朗さんはその理由を次のように語る。

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2011年に東京で創業。17年に自社工場「源流醸造所」を小菅村に設立し、昨年には本社機能も移転。

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東京の名を冠した「Far Yeast 東京シリーズ」のほか、県産果物を使用した「山梨応援プロジェクトシリーズ」、木樽で熟成させることで独特の味を醸し出す「Off Trail」など、多彩なクラフトビールを酒販店やレストランに提供。

「取引先が多い東京へのアクセスがよく、国産ワイン発祥の地、甲州であることから酒づくりの文化も根づいています。なにより、東京を冠したブランドをもつ我々にとってはここが東京の水源地であることが魅力的でした」

面白いのは、こうして誕生した5社のうち3社の代表者が「地域おこし協力隊」に参加したメンバーであったことだ。舩木村長はその理由を明かす。

「彼らは協力隊の活動を通じて、村の資源を活用する事業を発案してくれた。村でも一定額を無利子で融資し、支援しています」

この制度を受け、ジビエの加工販売や薪の販売、そして、村も関係するタイニーハウス関連の会社が起業したという。他にも新しい試みとして、ドローンによる配送の実験線(定期ルート)を開設。また、サウナ愛好家団体のイベント開催のためにキャンプ場を提供するなど、さまざまな施策で村の活性化を図っている。

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タイニーハウス/村の移住者増加による住宅不足解消を目的に、道の駅や村役場も設計した一級建築士の和田隆男さんが2016年から始めたのが「小菅村タイニーハウスプロジェクト」。毎年、全国からデザインを募集し、優秀賞該当作を実際に建築。現在までに全10棟が完成した。多くは地域おこし協力隊員の住居だが、道の駅周辺の2棟はホテルとして稼働している。

「村の魅力づくりには、村民の幸せがあってこそ。その前提はこれからも変わりません」

村再生の立役者である舩木村長が思い描く未来には、昭和30(1955)年にピークとなった村民数2000という数字が織り込まれている。

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舩木直美●小菅村長。村の会計管理者や議会事務局長を歴任。20年ぶりだった選挙戦で勝利し、2012年に村長に就任。松姫トンネルの開通をきっかけとした数々の誘致策や施策が実を結び、現在の村の賑わいに。地方創生の成功例として全国の行政からも注目を集める。

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※この記事はPen 2021年9月号「新しい住みかの見つけ方」特集より再編集した記事です。