東京都に隣接する山村、山梨県小菅村。村民が案内人を務める宿泊施設をはじめ、村のすべてが訪れる人を惹きつけて離さない。
山梨県小菅村は、面積の約95%が森林で、その約30%は東京都が所有する水源涵養林(かんようりん)(雨水などを吸収して水源を保つ森林)という、多摩川源流域の小さな村だ。
清らかで美しい水に引き寄せられるように、いまこの村に観光客や移住者が増えている。過疎の村がなぜ、全国の自治体から熱い視線を集めるのか。
「いちばんの理由は、2014年11月に開通した大月市と村とを結ぶ松姫トンネルです」。そう語るのは、村長の舩木直美さん。
「蛇行していた旧県道で1時間かかった道のりが、30分に。甲府地域への周遊も容易になりました」
村もこの好機を逃さなかった。15年3月には道の駅を開業。また、開通前年にはアスレチック施設をオープンし、観光客の受け入れ態勢を整えた。その結果、観光客数は年間8万人から18万人と、221%の伸び率(14年対18年比)を実現する。
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しかし、観光客は増えたものの、過疎化が進む村では、高齢化による旅館の閉館などで、日帰り客しか獲得できなかった。
「そんな時、築150年以上の古民家を村で活用してもらえないかと打診を受けました」
村は道の駅を手がけたコンサルティング会社と、古民家再生の実績を多くもつ会社とともに運営会社を設立し、19年8月に「NIPPONIA 小菅 源流の村」を開業させる。古民家の風情と、村の旬菜を用いた料理とで客をもてなすこの宿は、コロナ禍による三密回避の流れともあいまってマスコミなどに紹介され、注目の宿となった。
NIPPONIAの番頭である谷口峻哉さんは、こう述べる。
「コンセプトは『700人の村がひとつのホテルに』。道の駅を土産処に、隣接する温泉施設を大浴場に見立てるなど、村全体でおもてなしするイメージです」
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14年以降に小菅村へ移住してきた世帯数は36。小学校の児童数も13人増加した。だが増えたのは人だけではない。移転や起業によって、5社のベンチャー企業が登記されたのだ。
17年に村に醸造所を新設し、昨年、本社機能もここへ移したクラフトビール「ファーイーストブルーイング」社長の山田司朗さんはその理由を次のように語る。
「取引先が多い東京へのアクセスがよく、国産ワイン発祥の地、甲州であることから酒づくりの文化も根づいています。なにより、東京を冠したブランドをもつ我々にとってはここが東京の水源地であることが魅力的でした」
面白いのは、こうして誕生した5社のうち3社の代表者が「地域おこし協力隊」に参加したメンバーであったことだ。舩木村長はその理由を明かす。
「彼らは協力隊の活動を通じて、村の資源を活用する事業を発案してくれた。村でも一定額を無利子で融資し、支援しています」
この制度を受け、ジビエの加工販売や薪の販売、そして、村も関係するタイニーハウス関連の会社が起業したという。他にも新しい試みとして、ドローンによる配送の実験線(定期ルート)を開設。また、サウナ愛好家団体のイベント開催のためにキャンプ場を提供するなど、さまざまな施策で村の活性化を図っている。
「村の魅力づくりには、村民の幸せがあってこそ。その前提はこれからも変わりません」
村再生の立役者である舩木村長が思い描く未来には、昭和30(1955)年にピークとなった村民数2000という数字が織り込まれている。
※この記事はPen 2021年9月号「新しい住みかの見つけ方」特集より再編集した記事です。