半月状の食べ物に魅入られた、作家・角田光代にとっておきの一軒を聞いた。餃子好きは多けれど、ここまで熱く語ることができるのは、餃子への愛にほかならない。
餃子荘ムロ
家庭で食べる味は、大人の楽しみになった。
高田馬場に東芸劇場という小劇場があって、私の所属する演劇サークルはそこでよく公演をしていた。大学1年生の時、先輩の公演を手伝いに行って「餃子荘ムロ」の看板を見つけた。中華料理店でもラーメン店でもなく「餃子荘」。餃子は、18歳の私にとって家で食べるものだった。あるいはラーメン屋さんで誰かがついでに頼むもの。でもこの店では、餃子が主役らしい。この店に行きたいと熱烈に思ったが、当時の私は、ラーメン屋さんもひとりでは入ることができなかった。まして居酒屋風のムロの扉をひとりで開ける、なんてことはできそうもなかった。
念願叶ってムロに行けたのは1年生の終わりの頃だ。生まれて初めてできた恋人に連れて行ってもらったのである。私はものすごく興奮していた。餃子が主役であることにも、チーズやニンニクという種類があることにも、店内の様子にも。餃子を3種類食べた。餃子「だけ」食べることが新鮮だった。この時、餃子は、私にとって家で食べるだけのものでも、ラーメンのついででもなくなった。それから何年も経って、餃子をつまみにして酒を飲む時、あの時のことをよく思い出す。本当にムロの扉は、私にとって大人の世界の扉だったように思えるのである。
角田光代●1990年に『幸福な遊戯』でデビューして以来、多彩な題材の小説を発表。自身も学生時代から取り組んでいるというボクシングをテーマにした『拳の先』(文藝春秋刊)ほか。写真:三原久明
餃子荘ムロ
住所:東京都新宿区高田馬場1-33-2
TEL:03-3209-1856
営業時間:17時~21時30分L.O.
定休日:日(祝日は要確認)
http://gyouzasou-muro.com
※営業日時・内容などが変更となる場合があります。事前に確認をお薦めします。
※この記事はPen 2016年4/15月号「1冊まるごとおいしい餃子。」特集より再編集した記事です。