自分でつくったタイニーハウスで、 拠点も空間も自由にセレクト

  • 写真:紙谷哲平、大河内 禎
  • 編集&文:江嶋留奈子
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DIYに興味があれば、ひとりでもつくれるタイニーハウス。自身で挑戦しアップグレードしている女性に醍醐味を訊く。

神奈川県横須賀市/相馬由季さん

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三浦海岸近くが拠点の「もぐら号」。夫妻は所持する畑で、野菜やハーブを栽培する。今後はタイニーハウスの暮らしを体験できる場にしていく予定だ。

「もともとDIYが好きというわけでもなく。不器用ですし」

上の写真のタイニーハウスを自分の手で建造し、神奈川県横須賀市を拠点に暮らしている相馬由季さんの言葉にまず、驚いた。

タイニーハウスにサイズの規定はないが、10〜20m²程度のものが多く、車輪が付いてトラックで牽引ができる家を指す。1990年代のアメリカ西海岸で、本質的な豊かさを追求するムーブメントのひとつとして発展してきた。

相馬さんがそれを知ったのは社会人1年目の時。ひとり暮らしだった当時、生活のコストや、愛着のもてる空間づくりと家のあり方を考えている時に海外の記事で見つけたという。小さな家でどんな暮らしができるのか? 疑問を抱きつつ、アメリカのタイニーハウスに引き込まれていった。

ところが、相馬さんが興味をもった2014年当時、日本にはタイニーハウスの情報がほとんどなかった。そこでアメリカ・ポートランドに飛び、5棟のタイニーハウスを宿泊施設にした「キャラバン・ザ・タイニーハウス・ホテル」を訪れる。狭い空間が気になるかと思いきや、宿泊してみるとむしろ落ち着いた。自分もいつかつくろう、と思ったそうだ。アメリカではタイニーハウスの会合にも参加した。そこで、DIY初心者だがタイニーハウスをセルフビルドした女性の第一人者、ディー・ウィリアムスに出会う。

「ディーの家の基本設備は、水道とコンポストトイレのみ。足りないものは他の人とシェアすればいいと話しており、シンプルで最小限の暮らしを楽しんでいました。その幸せな姿が印象的でした」帰国後、構想を練り始める。山梨県北杜市でツリーハウスをはじめタイニーハウスを製造しているツリーヘッズ代表・竹内友一さんのワークショップに参加。工具の使い方に加え、循環型のサステイナブルな生き方を学んだ。

18年、新木場の木材倉庫を借り、いよいよタイニーハウスの建造をスタート。拠点選びから、キッチンの有無、トイレは水洗かコンポストかーー。取捨選択をひたすら繰り返した。

家づくりが進む一方、19年に相馬さんは紙谷哲平さんと結婚。「シャワーの高さを高くするなど、新しい生活をイメージして設計を変更しました」と振り返る。そして制作開始からおよそ2年後の20年秋、セルフビルドのタイニーハウス「もぐら号」が完成する。

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制作初期は、慣れない大工作業に加え、わからないことの連続で大変だったと語る。まずは、地面にチョークで絵を描いてハウスの大きさを考え、土台となるシャーシのサイズを最終的に長さ5.64mに決めた。 

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完成間近のもぐら号。水洗トイレも完備する。「足りない家具は自作します。家がつくれたんだから、いまはなんでもできる自信がつきました」と相馬さんは語る。

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住み心地を尋ねると「好きなものに囲まれていることが、なによりも幸せです」との答え。料理が趣味の夫はキッチンで腕をふるい、手づくりのソファにてふたりで読書を楽しむ。寝室はロフト。友人も泊まりにくるし、もぐら号の窓を開けて森を眺めながらのリモートワークも気持ちがいい。相馬さんは横浜の企業に勤めているため、拠点は電車通勤に便利な三浦海岸近くの駅から徒歩数分の場所に決めた。住所もここで届け出ている。

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ソファで寛ぐ相馬さんと、夫の紙谷哲平さん。読書や、プロジェクターで映画鑑賞をしたりして過ごす。「大好きなものに囲まれていて、この家には不満がないんです」と相馬さん。
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天井からは相馬さんのお気に入りの照明を下げた。キッチンは、紙谷さんが使いやすいように高さやサイズを調整。寝るスペースはロフト。エアコンも装備され、生活は快適だ。

「タイニーハウスは可動産。拠点は変えられるし、売ることもできます。ライフステージに合わせて家族が増えたらもうひとつのタイニーハウスをつくったり、別の地域に住みたいと思ったら家ごと移動し拠点を変えられる。プラスもマイナスも自分次第のタイニーハウスは、暮らしを見つめ直すひとつのよいきっかけ。住まいはもっと自由でいいと思います」
アップデート可能な、自分でつくる空間。彼女の笑顔は自信に満ちて輝いていた。

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ソファは収納とベッドも兼ねる一台三役。引き出し式で簡単にベッドに変わる。寝るスペースはロフトにあるのでこれは来客用。

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タイニーハウスの理念と、製作方法を伝えるモデルヴィレッジ

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竹内友一●ツリーヘッズ代表、タイニーハウスビルダー。1974年、東京都生まれ。オランダで創作活動を開始。帰国後、ツリーハウスやタイニーハウスのビルダーとして、各地で小屋を制作。千葉県のクルックフィールズをはじめ、国内の個性的なタイニーハウスを数多く手がける。

山梨県北杜市大泉町にあるツリーヘッズは、タイニーハウスの文化を伝える「ひとつの村」のような存在だ。中心にある共有棟コモンハウスには、シャワーやトイレ、キッチン、ラウンジやデスクがあり、人が集まる。隣接する建物は、道具や大型設備を備えたタイニーハウスの製作工場となっており、廃材などのストックヤードとしても活用されている。周辺には畑が広がり、野菜を育てる温室や、生ゴミ、雑草から堆肥をつくるコンポストもある。将来は大きな池やハーブガーデンも加わる予定だ。

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左奥に見えるのがシャワーやキッチンなどを共有するコモンハウス。周囲に、畑や温室などもある。タイニーハウスの外には心地よい空間が広がっている。

日本におけるタイニーハウスの第一人者でツリーヘッズの代表・竹内友一さんは語る。「タイニーハウスは働き方や生き方と密にリンクします。個人でタイニーハウスをつくりたい、暮らしを手づくりしたいという人たちが集まり、体験する場としてこのモデルビレッジをつくりました」。これまでは宿泊業や飲食店用に製作してきたが、コロナ禍になって受注はゼロに。そこで個人向けの製品開発も始めた。「個人が所有する住居としても徐々に認知されているタイニーハウスは、最低限の小さい空間です。だからこそ屋外の自然環境も暮らしに取り込まなくてはならない」。タイニーハウスをつくりたいと意気込んでも、なにから始めていいのかわからず挫折してしまう人を救うべく、この場所は進化中だ。タイニーハウスで暮らす未来がツリーヘッズで見えてくる。

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移動ができるタイニーハウスは海にも山にも移動が可能。住む場所や暮らし方は自分次第なので、事前に未来の生活設計を考えることも重要になる。

ツリーヘッズ(Tree Heads&Co)

住所:山梨県北杜市大泉町西井出8240-2717
https://treeheads.com/tinyhouse

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※この記事はPen 2021年9月号「新しい住みかの見つけ方」特集より再編集した記事です。