俳優・光石研が今年還暦を迎えようとしている。記念すべき年に彼が選んだステージは岩松了が演出、出演を務める舞台『いのち知らず』。6年ぶりに立つ舞台への意気込みと、約40年間続く“演じること”へのスタンスを聞いた。Penオリジナルドラマ『東京古着日和』とはひと味違う、役者・光石研の世界観をどうぞ。
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還暦を迎える自分にいま、伝えたいこと
──10月から始まる舞台『いのち知らず』には、9月26日のお誕生日を経て、還暦ホヤホヤでご出演されることになります。60歳ということでなにか、特別な思いはありますか?
実はね、僕、母親が60歳で亡くなっているんです。だから60という数字には感慨深いものがあります。母親の生きた年齢を超えること、それから “還暦”という名前が付くのですから、やっぱり特別なものなんですよ。49歳から50歳になるときもそれなりに緊張感はありました。「ああ、俺ももう、50歳か……。人生の折り返し地点に来ちゃったか」って。手足もがれたような感覚でした。そこから仕事も忙しくなって、あっという間に10年間です。
──還暦記念でなにか自分のために企画していることがあれば教えてください。
記念にフルマラソンを走ろうとか考えていたんですけど、このコロナ禍でそれはあきらめて。だからこの舞台に出演することが還暦記念です。
──光石さんに人生と先輩として伺いたいことがあります。“60歳”とは人生の終焉も意識する年齢なのでしょうか?
うーん、よい意味でのカウントダウンですよね。やっぱりちょっとは“死”を意識しますよ。若い時は若いままの自分がずっと続くと思っていましたけど、実際続くわけがなくて(笑)。まだ(取材時)59歳ですから、これからのことについては揺れているのかも……。
──60年間のうち、40年近くも俳優業を続けられる、キャスティング側から選ばれる理由をご自身ではどう考えていらっしゃいますか?
めっちゃ恥ずかしいですけど、仕事に対する情熱ですかね。のらりくらり、途中で他のことに目を向けながらも俳優業を続けてきました。それが40歳を境に変わったんですよ。やっぱり情熱をもって作品に向き合わなくちゃいけないと。そこから20年続けてきたので60歳のゴールテープを切った瞬間に、なにかが変わるのだろうと期待している自分もいます。
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毎演、同じテンションで舞台に立つという姿勢
──この数年間、テレビドラマや映画への出演は途切れることなく続いていらっしゃいますが、舞台は久しぶりですよね?
舞台出演そのものが、5年ぶりになります。だから少し「大丈夫かな?」と不安に思う自分もいます。ルーティーンにしている映像作品とはまったく別物ですから。
──舞台と映像作品の違いを教えてください。
映像作品の場合は毎日の撮影のどこかに“OK”があります。本番までに僕らは役をもらって、台本を覚えて、衣装を着て、少しずつ役になり切っていく。そして映像に収めて、それまでの役を捨てていく感覚なのでしょうね。でも舞台には“OK”がありません。上演が続く限り、役を捨てることもできない。若い頃、舞台に出演させていただいた時に、一連の舞台稽古が終わって「明日から本番ですね!」と言われた時に「え、もう終わりじゃないの?」と錯覚するほど、舞台は稽古ですべてが完成されているようなものです。もう映像作品とは真逆。
──お客様の反応も毎回違いますよね?
僕は映像作品で育ててもらったので“魅せる”という意識が薄い。普段は大勢の撮影クルーで動いて、本番中はどんなに面白いシーンを撮影していても絶対に笑ってはいけない。撮影中も、俳優の視線の先に人が入らないようにクルーはみんなしゃがんでくれる。でもカットがかかった瞬間にみんなで笑いあう。そういう環境には慣れています。でも舞台ではこのルールはもちろん適用されません。ずーっとこっちを観てくれるわけですからね。もう……「なに見てんのよ!」って言いたくなるくらい(笑)。
──光石さんがおっしゃるお客様の反応も違うのなら、演じる側も毎日違う魅せ方を考えていくものなのでしょうか?
そこは違います。僕は毎回同じように演じようとする派ですね。役者さんによって、やり方はまったく違いますけど、僕にとって“毎回違う演技”がどういう意味を成すのかを咀嚼できてない。お客さまは毎回違う人なのに、舞台に上がるたびに違うものを見せるべきなのか。そこは(舞台が)生物ですから、始まってみなくてはわからない。
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年代を感じさせないコミュニケーションが生む刺激
──5年ぶりにさまざまな想いで臨む『いのち知らず』。光石さんの素直な気持ちを伺っているだけで、楽しみになってきますがお稽古は順調でしょうか?
(取材は8月上旬)それがまだなにも始まっていないんです。ええと、役柄も内容もいま資料を見て初めて知ったくらいですよ(笑)。へえ、サスペンスなんだって。でもね、舞台はどんどん変わっていくものなんですよ。この作品も“男の友情”がテーマだと書いてあるけれど、これも途中で変わってしまうかもしれない。だから僕も蓋を開けてみたら宇宙人の役かもしれないですもん」
──そうなると唯一、確かな情報なのが『いのち知らず』というタイトルになるわけですが、このタイトルから光石さんご自身が感じることを教えてください。
単純にタイトルとしてはとてもいいですよね。下北沢あたりで活動しているバンド名にありそうな気配がします……。演出家の岩松了さんも本当にいいんですよね。今回の前だから、6年前ですか。出演した舞台も岩松さんが担当してくれていて、楽しかったんですよね。今回も2019年に彼から「光石さん、舞台出てくれない?」と、言われたことが出演のきっかけでした。「ああ、いいよ」って二つ返事で。上演年が還暦にあたることも背中を押されたかな。
──いつもは映像作品をメインの活動拠点にされている光石さんが、岩松さんの手がける世界観に惹かれる理由はなんでしょうか?
この身を投げ出せることでしょうか。僕はお芝居についてどこかの学校で勉強をしたわけでもないですし、ぽっと出なんです。だから取材や演出家さんにお芝居について聞かれることが苦手なんですね。だから(演技について)語られることも苦手。たとえばですよ?「私はね、この作品のお芝居にこういう思いを込めていて……」なんて素面で話されたら、この辺(胸を指して)がグチュグチュしちゃうんです。でも岩松さんはそういうところがまったくなくて、「早くやって!」みたいな一言で、役者たちを誘導してくれる。胸がスッとします。
──勝地涼さん、仲野太賀さん、新名基浩さんと共演者の方たちも光石さんと同じく、止まることなく走り続けている人たちばかりです。お稽古が始まったら、本番まで、どんなコミュニケーションを重ねていかれるのでしょうか?
みんな、映像作品で共演経験があるんですよ。その点は安心しているけれど、このコロナ禍ですからいつものように絡むことは厳しいかなと思っています。その分、舞台上でなにか出しあうことができればありがたいですし、若い人(共演者)には刺激を受けたいと思っています。この2〜3年、Penで『東京古着日和』をやらせてもらったり、雑誌でコラムを書かせてもらったり、俳優業以外で声をかけてもらうことが増えました。還暦を迎えるというのに、ありがたい話です。20年前の自分が若い人と交流を持っていることは想像していませんでした。特に趣味も収集癖もない僕ですけど、新しい人と出会って、話しているのは作品づくりのモチベーションになっています。そういう、僕にいろいろなものを与えてくれる仲間に囲まれて出演する今回の『いのち知らず』。60歳という節目と2021年ラストの仕事になりそうなので、忘れられないものになります。ぜひ劇場まで足を運んでもらえたら嬉しいです。
『いのち知らず』
作・演出/岩松 了
出演/勝地 涼、仲野太賀、新名基浩、岩松 了、光石 研
東京公演 2021年10月22日(金)〜11月14日(日) 本多劇場
宮城公演 2021年11月18日(木) 電力ホール
大阪公演 2021年11月20日(土) 21日(日) 梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
島根公演 2021年11月23日(火・祝) 島根県民会館 大ホール
山口公演 2021年11月25日(木) 山口市民会館 大ホール
熊本公演 2021年11月28日(日) 熊本県立劇場演劇ホール
広島公演 2021年11月30日(火) JMSアステールプラザ 大ホール
愛知公演 2021年12月4日(土) 5日(日) 日本特殊陶業市民会館ビレッジホール