デザイナー、深澤直人のデザインした椅子は世界を魅了してやまない。その最新作というといささか語弊があるだろうか。椅子よりも以前に人が身体を預けるベビーチェアの一種、バウンサーをデザインしたと聞いて深澤の事務所を訪ねた。
バウンサーとは、首が据わり始めた生後一カ月ほどの乳児から使用できるゆりかごのような道具だ。大人の手で揺らし、赤ちゃん自身の動きでゆりかごのように揺れることで、親子のコミュニケーションを図る。抱きかかえる時間を減らし、揺れであやされて自然と眠るなどの効果があることから、近年注目されているベビー用品だ。
深澤がその存在を知ったのは、アメリカで暮らしていた時期だという。1989年にアメリカへ渡り、デザインコンサルファームのIDEOに勤め始めた。そこで娘の出産を経験し、日本と違って出産翌日には退院をせねばならず、産後すぐに深澤自身も子育てに参加することとなった。まずは子どものためにベビーベッドを作り、クローゼットに使っていた部屋を子ども部屋に改装したと当時を振り返る。
「すべてがはじめての体験ですから、私自身も子どもといっしょに育っていくような感覚がありました。そのときに同僚から譲り受けたのがバウンサーです」
深澤はすぐに自宅のダイニングテーブルにコンピュータを持ち込み、そこで仕事をするようになった。娘をバウンサーに座らせてともに仕事をすると、不思議と彼女の機嫌は良かった。
「適度な高さもあるので、仕事をしている私と娘の目が合わせられるんです。そうするとコミュニケーションをとって安心感が得られるのか、グズることもなく機嫌は良いままでした。キッチンで食事を作るときも危なくないところに置いて作業をすると、自分も参加したような気持ちになるのか楽しそうにしていたことを覚えています」
今回深澤がバウンサーをデザインするにあたって念頭に置いたのは「赤ちゃんがご機嫌でいること」だという。バウンサーの名は「Wuggy(ウギー)」と名付けられた。鉄のフレームにウレタンでカバーをし、通気性のよい立体繊維の座部が設置され、赤ちゃんにとってストレスのない立体設計のフィット感をもつシートがデザインされている。
深澤がまず描いたのは、その形状だ。既存のバウンサーに多く見られる形状から出発し、より赤ちゃんをホールドする心地よい形を考えた。複数のアイデアをメーカーであるピジョンに共有すると、深澤自身も良いと考えていたマトリョーシカのようなアウトラインで両者の意向は一致する。その機能性からハンモック的なデザインが多いなか、赤ちゃんをホールドするように立体的な形状を構築していった。
「今回は私自身の育児経験もあいまって、父親目線のデザインになっているのかもしれません」と深澤は言うが、それ以上に深澤自身と娘のコミュニケーションが基盤になった「Wuggy」の存在は、いつになく深澤のパーソナルな経験がデザインに投影されたものと考えることができそうだ。なにより、深澤らしい細部まで考え抜かれたデザインの背景には「赤ちゃんが家族とともに過ごす時間」がある。
「日本とアメリカでは生活文化が違いますし、バウンサーはまだ普及途中にあると言えるでしょう。子どもとの時間は楽しく貴重なものですが、思っている以上に親は自由な時間を奪われるものです。けれどバウンサーの存在は、抱きかかえる時間などを軽減し、大人が自分のための時間をもつことを助けてくれます。そして赤ちゃんもまた、大人のライフスタイルとともにあることができるのです。両親のライフスタイルを間近に見る体験は、子どもが育つなかでいい影響を与えるものではないかと思います。生まれて間もない赤ちゃんはまっさらな状態にあり、これから膨大な情報を身につけていくことになります。そこを支えていく道具でありたいですね」
人生ではじめて座った椅子はなにか。そんな問いに深澤の「Wuggy」だという答えが返ってくる日も、そう遠くはなさそうだ。
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