【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】
「タルマーリー」は、鳥取県智頭町にあるパンとビールの店。東京生まれの渡邉格・麻里子夫妻は、千葉、岡山を経て鳥取に行き着いた。菌による発酵に魅せられたふたりは、この地でこれまで続けてきたパンづくりに加え、ビールづくりを開始。日々を綴ったのが本書だ。
「野生の菌のみで発酵に向き合うと、パンやビールづくりの教科書とは違う現象に出合います。発酵の途中でカビが生えるなど予定通りにいかない自然の変化を受け入れ、なぜこうなるのかと考え続けることで思考の体力が身につきました」と夫妻は語る。
わからないことを排除せず、全体をあるがままに捉える思考方法は、どんな変化にも対応できるという。
「実践していると、理想や常識が音を立てて崩れ去ることがよくあります。理想を打ち立てては崩れることを繰り返すうちに、現実に即した理想が出来上がるんです」
さまざまな試行錯誤を続けていく中で、夫妻は「おいしくないもの」をつくってもいいのではないか、と思うようになる。自分たちの味を押し付けるわけではない。味覚とは本来、曖昧なもので個人差も大きいはずだ。
「いまは、同調する感覚が広がりやすい雰囲気もあって、みんながおいしいと言えば、おいしいことになってしまうこともあります。重要なのは、さまざまな価値観があっていいという雰囲気をつくることだと思っています」
ビールもパンも画一化された「おいしい」ではなく、いろいろな味があっていい。それが社会の多様性にもつながっていく。
そんな夫妻は、いいものをつくることと売り上げを立てることを見事に両立している。渡邉格は、その秘訣を「自分の世界観を知り、その世界観と合わせることができる人を探す行為こそ商売だと認識しています」と言う。
目の前で起きた事象を観察し、課題と謙虚に向き合ってきたふたりの姿には、変化の多い時代を生き抜くヒントが詰まっている。
「小室哲哉の不倫炎上」にはどう対処したか。前週刊文春編集局長が語る新時代の「リーダー論」