カルティエは1970〜80年代に「マスト ドゥ カルティエ」として手の届きやすい価格帯の製品ラインを展開。伝説的な傑作腕時計「タンク」も、ヴェルメイユ(銀に金をコーティング)やステンレス・スチールのケースにクオーツの「マスト」が人気を博したが、それから約半世紀を経た2021年に、3種類のムーブメントを搭載した新コレクションが登場した。
1917年に発表された「タンク」は、第一次世界大戦で投入された戦車からインスパイアを得てルイ・カルティエがデザイン。22年にはケースをやや延長して縦枠が細くなり、丸みを帯びたエレガントなシェイプの「タンク ルイ カルティエ」が追加された。新しい「タンク マスト」は、この歴史的なモデルを忠実に踏襲。真珠状の飾りにブルースピネルをトップに配置した独特のリューズなど、ダイヤルのプロポーションから細部に至るまで、伝統に立ち返ったスタイルに刷新されている。
デザインは原点回帰といえるが、ムーブメントは技術革新を背景として格段に進化。自動巻き、高効率クオーツ、そしてソーラー発電ムーブメントが採用されている。自動巻きは耐磁性に優れた自社製キャリバー「1847 MC」を搭載。高効率クオーツは2019年の「サントス デュモン」で採用されたが、当時の6年を上回る約8年の画期的な長寿命を実現。そして、大きな驚きをもたらしたのが、カルティエ初のソーラー発電ムーブメントだ。一般的には、ダイヤル面で光を受けるため、デザインや素材などの変更が必要となる。ところが「タンク マスト」は、100年ほど前に誕生したオリジナルの意匠を完全に継承。その秘密は、アイコニックなローマ数字のインデックスをスリットとして型抜きしたことにある。ここを通過した光を発電素子が受ける独創的なブレイクスルーだが、光量が限られているため、効率的に発電できる「ソーラービート」を4年がかりで開発したという。1日10分程度の露光さえあれば十分に蓄電でき、電池交換なしで約16年間は動き続ける。
進化はそれだけではなく、自分で簡単にストラップなどを取り換えられる特許取得の「クイックスイッチ」を導入。さらにストラップの約40%は動物の皮革ではなく、農産物加工産業用に栽培されたリンゴの廃棄物などからつくられる植物素材を採用。持続可能性に配慮するだけでなく、時計の生産段階でも環境保護を一歩前進させた工程が導入されている。
「タンク」の造形的な魅力は、腕時計では不可欠な突起のラグ(ベルトとの接合部)をケースと一体化した合理的なフォルムといえるだろう。ケースサイドで平行する2つの直線が角形のダイヤルとベルトを挟み込む。シンプル極まりない幾何学的な構造に、タテ・ヨコの絶妙なバランス。「タンク マスト」は、この完成されたスタイルを堅持しながらも、内部には3種類の最新ムーブメントを搭載。いわば伝統と革新の幸福なマリアージュであり、日常使いの利便性が大幅に向上したことが直接的なメリットとなる。歴史をリスペクトしながらも変化を怖れず、敢然と進化に挑む。カルティエの確固たるポリシーと高度な技術力を象徴する新コレクションではないだろうか。
●問い合わせ先/カルティエ カスタマー サービスセンター TEL:0120-301-757