2018年に公開され熱狂的なファンを生んだ映画が、白石和彌監督の『孤狼の血』。今夏、待望の続編が放たれる。なぜこれほど支持を集めたのか? 監督へのインタビュー、さらにプロデューサーやキャストの証言から解き明かす。
広島を舞台に警察と暴力団との血湧き肉躍る攻防を圧倒的な熱量とともに描き出した『孤狼の血』。近年のアイドル偏重、コンプライアンス優先の日本映画界に風穴を開けた衝撃作は、2018年の日本アカデミー賞で役所広司の最優秀主演男優賞、松坂桃李の最優秀助演男優賞など、計4冠を獲得した。メガホンを取ったのは、監督第2作『凶悪』で注目を浴びて以来、エンターテインメントの可能性を見据えながら、日本映画の最前線を走り続ける白石和彌監督だ。
「当然、深作欣二監督の『仁義なき戦い』と比較されるわけで、県警対組織暴力を描くのは、いまは無理だろうと恐怖を覚えました。でも一方で、韓国ノワールと呼ばれる映画はなぜ成功しているのか。比較・参考にするのは『インサイダーズ』『アシュラ』といった韓国映画だと切り替えたんです」
活況を見せる韓国映画への悔しさをバネに腹をくくり、脚本家の池上純哉とともに、原作のキャラクターをさらに練り上げた。結果、役所広司が出演を快諾する。
「役所さんがこの企画を面白いと思ってくれたことが大きな自信になりました。クリント・イーストウッドが『許されざる者』を演じたように、これまでの役者人生を作品に落とし込める俳優は役所さんをおいて他にはいない。松坂桃李くんは役所さんとバディを組めば、必然的に日本を代表する役者にならざるを得ないけれど、彼ならその覚悟を背負って勝負してくれるはずだと確信していました」
かくして、妖気漂う大上(役所)と、疑念を抱えながら真実に迫る日岡(松坂)を演じる両雄に加え、竹野内豊、江口洋介、ピエール瀧、真木よう子らが続々参戦。登場人物すべてがギラギラ輝く『孤狼の血』は見る者を圧倒し、アウトロー映画復活の狼煙を上げた。
その成功から3年、壮絶な最期を遂げた大上に代わり、日岡を主役に据えて『孤狼の血 LEVEL2』が完成。新たに鈴木亮平、村上虹郎、西野七瀬、斎藤工らが加わった。
「役所さんがいない喪失をどう埋めるかが今回の課題で、エンタメ、活劇に寄せてバイオレンスを増強しながら日岡の戦いを見せていくよう計算しました。そのカギを握るのが鈴木亮平くん演じる宿敵。彼が抱える背景も普段の日本映画なら『やめましょう』となる内容。『パラサイト』が米アカデミー賞にたどり着けたのに、日本映画がスタートラインにも立てない要因はそこ。でも東映さんは『やりましょう』と言ってくれた。現場でもスタッフに、世界で戦う意識をもって、と言い続けました」
熱き血潮が『孤狼の血』シリーズにいかにして受け継がれるか、乞うご期待である。
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企画プロデュースを手がけた紀伊宗之と、プロデューサーの天野和人に訊く、破格のアウトロー作は、なぜ実現したか?
ーー『孤狼の血』の企画はどのようにして誕生したのですか?
紀伊 僕はグループ会社勤務が長く、東映の身近な傍観者で。なにが東映映画なのかと考えた時、いまはアイデンティティが抜かれていると思いました。1960年代、70年代の東映任侠映画の時代から『極道の妻たち』があり、人気が低迷して製作終了。でもトレンドは回るもので、いまもフィルムノワールは世界中でつくられている。原作を読み、これは東映が映画化しなければと直感しました。
天野 『孤狼の血』は平成以前、暴力団対策法施行以前の、ヤクザが勢力を誇った最後の時代の話。これならやれると感じたんです。
ーー白石監督に白羽の矢を立てた理由は?
紀伊 東映は白石監督と『日本で一番悪い奴ら』で組んでいましたし、なんといっても勢いがある。それに彼は、世の中をドロップアウトした人間を愛ある目線で描ける数少ない監督です。
ーー役所広司さんはじめ豪華なキャスティングはどのように?
紀伊 『シャブ極道』や『KAMIKAZE TAXI』が好きな白石監督が、日本でいちばんの役者から口説きたいと。役所さんの快諾を得たらオセロの角を取ったも同然、みんな出たいと言い出した。
天野 松坂桃李さんは、舞台『娼年』を観てピンと来て、監督に持ちかけました。『孤狼の血 LEVEL2』の鈴木亮平さんは、監督が『ひとよ』で抑えた芝居をしてストレス溜まっているだろうから、今回面白いことになるはずだと。村上虹郎さんは、20代前半で闇や暗さが出せる稀有な存在。一緒にベネチア映画祭に行った際に打診したらすぐにOKが出て。
ーー東映のアイデンティティに立ち戻るに際し、どんな決意を?
紀伊 最初に白石監督に言ったのは、韓国ノワールに負けないものをやりたいということでした。それと僕らは映画会社なので、映画館でしか見られないエンターテインメント映画をつくる、そのことに尽きますね。
天野 1作目は「コンプライアンスをぶっ飛ばせ」を標榜していました。勉強し直して、レイティング内に収まるならなにをやってもいいと覚悟を決めました。
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キャスト6人が触発された、本作の唯一無二の引力
松坂桃李(日岡秀一)
第1作では、白石監督作品で役所広司さんとバディを組めるなんて、今後そんなチャンスがあるのか? この役はなにがなんでも渡さない!という思いでした。LEVEL2の撮影は3階からパトカーにバーン!と落下するなど、「トム・クルーズじゃないですから!」と叫びたいほどアクションが激しくて。でも未体験の環境やアクションを味わわせてくれるから、闘志をかき立てられる。そこが白石監督のずるいところ、いや巧さです(笑)。
鈴木亮平(上林成浩)
何度『孤狼の血』を観ても“役所さんの凄さ”に衝撃を受け、役者というものはここまで到達できるのかと圧倒されます。いままでいただいた役柄からか、いいイメージを持たれがちですが、俳優なら一度はやりたいと思う強烈な悪役を与えてくださって、それだけで感動でした。超一流のスタッフが誰ひとり妥協を許さず、持ちうる力のさらに上、150%、200%を狙ってくるのが白石組。そんな環境で芝居ができて幸せでした。
村上虹郎(近田幸太/通称チンタ)
東映映画は渋谷TOEIで観ますが、『日本で一番悪い奴ら』から『孤狼の血』まで、観るたびに観客が増え、東映を白石監督が復活させているんだな、と。その線上にある『孤狼の血 LEVEL2』に呼ばれプレッシャーはありましたが、同時に感慨深かった。最近のバイオレンス映画は静かな中に狂気がある。一方で『孤狼の血』は、演者が熱量を表に出していかないと成立しません。役者としてはとにかく演じていて楽しかったです。
西野七瀬(近田真緒)
前作を観た時、顔を背けたくなるようなシーンもエネルギーに満ちあふれていて、目が離せなくなりました。出演オファーには「本当に私ですか?」と驚きましたが、喜びも大きくて。参加するからにはできることはすべてやりたい。自分も真緒を演じることで、なにか変われたらと思って。白石監督の「真緒は絶対に西野さんだ」という言葉を信じ、髪色も変え、生まれて初めて人の頭を本気で叩いて(笑)、楽しんで挑戦しました。
斎藤 工(橘 雄馬)
『孤狼の血』のプレミアを丸の内TOEIで観た時の衝撃が鮮烈で、いまは撮れないと諦めていた銀幕の夢みたいなモノを浴びた気がしました。僕の中に火がつき、『麻雀放浪記2020』に撮入、「孤狼」に乱入したい!と監督にテレパシーを送っていました。徹底的に準備するけれど、決まりきったことをなぞるのではなく、現場で生まれてくるなにかをていねいに撮る現場でした。このシリーズが邦画の希望となることを願っています。
中村獅童(高坂隆文)
別の現場で、次の作品は白石作品だというと、他の役者に非常に羨ましがられます。骨のある作品というところが役者心をくすぐるんでしょうね。監督は“その場で生まれること”をとても大切にし、現場では自由にやらせてくれるので毎回楽しい。『日本で一番悪い奴ら』に出た時に使った“鮫エキス”が『孤狼の血』にも置かれていたので、見る人が見ればわかる小芝居を挟みました。そんな白石さんの遊び心も好きですね。
『孤狼の血 LEVEL2』
監督/白石和彌
出演/松坂桃李、鈴木亮平、村上虹郎ほか
2021年 日本映画 2時間19分
8月20日より全国公開。
https://korou.jp
※この記事はPen 2021年8月号「ヒットの秘密」特集より再編集した記事です。