世界中のセレブリティたちの腕時計は、さまざまなシーンで写真に収められている。そんな彼らの「フェイバリット・モデル」を検証し紹介しよう。
史上最も多くのクリエイターの心を捉えてきたのは、きっとこの時計だろう。カルティエの「タンク」は、世界の見方を変えてみせるアーテイストたちを惹きつける、強烈な魅力をもつに違いない。そもそもは第一次世界大戦で勝利の帰趨を決めた戦車(タンク)から、着想を得たデザイン。フランスの高揚したエスプリは、盛り上がるアールデコの潮流と合流し、歴史を塗り替えるロングセラーとなった。
イヴ・サンローランが眼鏡を直すような仕草で上目遣いをする写真に、見覚えがある方も多いのではないだろうか。アーヴィング・ペン撮影のこのショットは極上のポートレートであると同時に、彼がつけた腕時計の魅力もまた存分に伝えている。繊細なデザイナーの指から腕にかけての線をこれほど綺麗に見せているのは、手首を直角に横切るシャープな角型値時計の線にほかならない。しかも十分に薄いそのシルエットは、どのような服にも必要以上に干渉しない。サンローランの選択は、自らの作品同様に的確だったに違いない。ちなみに彼がカトリーヌ・ドヌーヴをミューズと崇め、広告にも採用したことは有名だが、そのドヌーヴも「タンク」の愛用者である。
---fadeinPager---
現代アートの天才アンディ・ウォーホルも「タンク」の愛用者であり、コレクターとも呼ばれた。人前に自分を晒すことを厭わなかったウォーホルにはおびただしい量のポートレートが残っているが、「タンク」をつけていることを確認できる写真が少なくない。しかも、その「タンク」の針が止まっていることが珍しくなかったという伝説も残されている。ウォーホルにとって、時間を知ることではなく、「タンク」をつけていることが重要だった。
映画スターで「タンク」を愛した人名を挙げていけば、古くは無声映画時代の絶世の美男スター、ルドルフ・ヴァレンチノ、ゲーリー・クーパー、アラン・ドロンら、きりがない。中でもひときわ語られることが多いのは、大西洋を股にかけた色男スター、イヴ・モンタンだ。シモーヌ・シニョレを妻にしながら、ハリウッド女優と数々の浮名を流した男。腕時計だけは浮気をしない。オフショットでも常に腕時計は「タンク」だった。映画『恋をしましょう』(1960年・米国)のラストで『レッツ・メイク・ラブ』を口ずさみながら、M.モンローの背中に回した腕にも「タンク」が光る。
史上最も有名な「スター」は、ケネディ大統領だろう。18金イエローゴールドの「タンク」は、妻ジャクリーンが4回目の結婚記念日に贈ったもので、裏には「J.F.K.」のイニシャルと結婚の年・月・日が刻まれていたという。世界が注目したリーダーは、公務の時も家族とともにいる時も、多くはその「タンク」をつけていたのである。