【インタビュー】空に誰かの“顔”が浮かぶ!? 目[mé]が仕掛けるこの夏注目のアート

  • 文:岩崎香央理
Share:
プロジェクトビジュアル.jpeg

《まさゆめ》プロジェクトのイメージ。

2021年夏、東京都内のどこかの空に、誰かの巨大な「顔」がぽっかり浮かぶ——。そんな見たこともない光景に、もしかしたら出合ってしまうかもしれない。

現実世界に漂う不確かな概念を独自のプロセスで作品化し、観る者の感性を揺さぶる活動を繰り広げてきた現代アートチーム、目[mé]。彼らが、オリンピック・パラリンピックが開催される東京を文化から盛り上げる事業「Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13」のために、2019年より準備を進めてきたアートプロジェクトが《まさゆめ》だ。2020年、コロナ禍による一連のイベントの延期で一旦はストップしたものの、今年に入ってプロジェクトが再始動。どんな「顔」が、いつ、どこで目撃できるかは非公表だが、実現の日が、いよいよ間近に迫っているようだ。

東京の空に、実在する個人の顔を浮かべるという《まさゆめ》プロジェクトは、目[mé]のアーティストである荒神明香が中学生の頃に見た夢をモチーフとしている。電車の窓から流れる景色を見ている夢で、上空に突如、知らない人間の顔が現れたという。その鮮明な夢の記憶をもとに、目[mé]は2013〜14年、宇都宮美術館の館外プロジェクト「おじさんの顔が空に浮かぶ日」で、一般男性の顔を模した巨大なオブジェを制作し、宇都宮の空に掲げてみせた。《まさゆめ》は、そのプロジェクトを一新し規模を大幅に拡大し、ひとりの少女の唐突な夢を、4年に一度のパブリックな集いと並行して世界へ伝染させる実験である。

---fadeinPager---

目[mé]はこの3人から成る。左からディレクターの南川憲二、アーティストの荒神明香、インストーラーの増井宏文。

目[mé]のディレクターである南川憲二は当初、このプロジェクトで表現したかったのは、世界を形成する「公」と「個」の見え方であったと語る。「東京が最も世界から注目される2020年夏、いわば公的に人々が集まる都市の景色の中で、実在する個人の顔を見せたいという思いがあった。そもそも、なぜ人類は4年に一度、世界中の都市を巡回しながら集うのか。そのことは、夕方になると必ず編隊を組むように現れる鳥の群れを見ていると、なんとなくわかる気がしたんです。それぞれは個体なのに、全体では景色になる。まるで自分たちの存在を、集団になることで確かめているように。人類も、これだけ多くの個が地球上に散らばっているんだから、一度集合するという存在確認みたいなことを必要としているのかもしれないと思った。オリンピックがそういう機会だとすると、“なぜ人は集うのか”ということに、視点を向けたかったんです」

道行く人にプロジェクトの説明をし「顔」を集める荒神。

準備に足かけ2年を費やした《まさゆめ》は、コロナ前の2019年3月、年齢や性別、国籍を問わず「顔」を募集するところからプロジェクトがスタートした。有名人の顔では広告のような意味合いを帯びてしまうし、誰でもない、だけど「この顔でなければいけない」と確信できるひとりの人を選ぶのは難しかった。特設サイトでの一般エントリーをはじめ、目[mé]のメンバーとスタッフが道行く人に声をかける「顔収集ワークショップ」も実施。集まった約1,000以上もの候補の中から、「どのような顔を東京の空に浮かべるべきか」を公開議論する「顔会議」を経て、最終的にひとりの「顔」へと絞り込んだ。

コロナ前に行われた顔会議の様子。

---fadeinPager---

そんな矢先にコロナ禍に見舞われ、オリンピックも《まさゆめ》も宙に浮いた。南川は言う。「集うとはなにかを考えたかったのに、集うこと自体がダメになった。2020年はなにかを計画して実施することが軒並みできなくなり、今年に入って再始動してからも、この状態でやれるのか、なぜやりたいのか、ひいては目[mé]の活動そのものの意義についても、本当にいろいろ考えました」

荒神も、昨年の時点では「来年になれば収束しているだろう」と淡い期待を抱いて待っていたが、いざ《まさゆめ》の実現が近づくにつれ、不安も大きくなったという。「リスクもあるし、批判が起きる怖さもあった。でも、こんな時だからこそ、想像したり感じることを忘れないで打ち出す意思が、自分たちには大事なんだということにも気づかされました。危機的状況に直面し、経済や医療の観点に偏ったかたちでこの状況を捉えようとしている。もちろんそれは絶対に必要だけど、圧倒的な謎がこの世界に起こった時、人がどう感性を働かせるのか、いまはそれに賭けたい気持ちが強まっています」

今回の作品を制作する様子。

圧倒的な謎と遭遇して感じたことによって、ものの見方を変化させる。観点を変えたものの見方こそが、人間の生存行動にも直結するのではないかと、彼らは考える。「僕たちは“逆さの必然”と言っていて、人間の歴史もそうだけど、いまがなんなのか、みんなはっきりとはわからない。2020年って一体どんな年だった? 過去のはずなのに、まるで2022年や2023年と区別がつかないかのように、まだなにも捉えきれていないですよね。自分たちがなにを経験しているのか、たぶんあとから想像して意味をつくり上げていく。それが実は自然な流れじゃないかと思うんです。いまはこれだと思うことをやってみて、パンデミックの状況や、オリンピック・パラリンピックがなんだったかを、あとから掴み取れたらいいなと思っています」

“顔”の候補を探索・収集する「顔収集ワークショップ」を都内近郊各地で合計15回実施した。

初期の計画段階では、「顔」を浮かべる日時や場所を告知する予定だったが、コロナ禍で人が集まるのを防ぐため、詳細はシークレットの上で実施されることとなった。「本当に実現できるのか、当日になるまでわからない」と、南川は言う。「でも、いまはその不確かな状態が逆にコンセプトだと思っています。なぜなら、本来はこの作品に“遭遇する”感触を重視したかったから。日時に合わせて見に行くのではなく、告知されないことで、偶然目撃してしまった人が、狙ったら撮れないような視点をSNSに上げてくれるのではないか。“見た”体験がより強い画像や動画に、リアルタイムで見ていなくても他人の目を通じて出合う、そんな可能性にも期待したい」

まるで昼間の月のように、いつのまにか公共の景色に溶け込み、世界を、こちらを見つめている「顔」。それは普遍的でありながらも実存する「個」であり、有名な誰かではなく、自分に置き換えられたかもしれない他者だ。「圧倒的な謎って、起こらなければ生きている気がしない」と荒神が言い、「わからないからつくり、わからないまま見せたい」と、南川が言う。夏のある日、偶然に空を見上げて謎に満ちた正夢と向き合えたラッキーな人たちは、果たしてどんな反応を見せるだろう。驚きと興奮、畏怖、疑問、そして笑い……。いますぐ誰かと共有したいと湧き上がる感情が集い、東京から世界へと拡散されるに違いない。

【関連記事】
『コロナ時代のアマビエ』プロジェクトに川島秀明の作品が登場
目利きが選んだ、2021年後半で「必見の展覧会」5選
今年最注目の展覧会『ファッション イン ジャパン』が開幕!

問い合わせ先/まさゆめ事務局

https://masayume.mouthplustwo.me