ファッションブランド「シャネル」の創業者ココ・シャネル(1883年〜1971年)の生涯に迫ったドキュメンタリー映画『ココ・シャネル 時代と闘った女』が7月23日(金)から劇場公開。ファッション編集者の小暮昌弘と、映画ライター、セクシャリティジャーナリストで元シャネル社員でもある此花わかが、本作の見どころについて語り合う。
対談の模様を完全収録したポッドキャスト版も公開中なので、そちらもぜひ聴いてみて欲しい。
なぜいま、ココ・シャネルのドキュメンタリーがつくられたのか
小暮:『ココ・シャネル 時代と闘った女』はどのような映画ですか?
此花:ドイツとフランスが共同出資したテレビ局が製作し、シャネルの通説を破る真実を約60分という短い時間にギュッと盛り込んだ映画です。これまで数多くのファッションに関するテレビ映画やドキュメンタリーをつくってきたジャン・ロリターノが監督を務めています。
小暮:ロリターノ監督の作品はこれまで観たことがなかったです。
此花:日本ではほとんど観られないと思います。監督にインタビューをして「これまで多くのシャネルにまつわるフィクションやドキュメンタリーがつくられてきたのに、なぜ改めてつくりたかったのか?」と聞くと、「過去のドキュメンタリー制作を通して、さまざまなクチューメルメゾンとネットワークを構築し、シャネルについてもいろいろ知ることができた。その中で、私たちが思い込んできたシャネルの神話とは違う事実も近年発見されてきたので、改めてつくりたくなった」と話していました。
小暮:なるほど。今回鑑賞して「ここまで言っていいのか?」というところまでけっこう突っ込んでいる感じがしましたが、此花さんにとっても新しい事実はありましたか?
此花:ありましたね。「え、黒歴史?」みたいな(笑)。いろんな伝記本を読んだことがありますが、ドイツのスパイ容疑なんて知らなかったです。しかもイギリスの大物政治家が絡んでいるとは…。
小暮:僕がPen Onlineの「大人の名品図鑑」で取り上げたチャーチルや、あるいは取り上げたいと思っているウィンザー公なんかの話が出てきて。シャネルがウェストミンスター公爵とけっこう仲がよく、イギリスとつながりがあることは知っていたけど、チャーチルともツーカーだったのはビックリしました。
此花:よっぽど魅力のある女性だったんでしょう。あの階級社会の時代に、驚きですよね。
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シャネルとはどんなブランドであり企業なのか?
小暮:シャネルには、シャネルスーツ、キルティングバッグ、ツートンのパンプス、リトルブラックドレスなど数々のアイコンがありますが、一番のアイコンと言われるのがシャネルのN°5の香水。映画の中でもN°5について語られますが、シャネルがN°5の権利を他の人に取られ、アメリカとパリの有数百貨店で売るために「スーパー5」という名前の商品を作ったというエピソードが出てきて、よく調べてるなと感心しました。
此花:私がシャネルで働いていたころも、そういう話は一切出たことがなかったです。共同創業者のヴェルテメールに対する訴訟は社会的なニュースとして公になっていますが、スーパー5なんて(笑)。驚きですが、賢いですよね。
小暮:やっぱりN°5を何とか取り戻したいと思ったんでしょう。オートクチュールを必死に縫うお針子さんたちとか、会社の多くの人たちを彼女は抱えているわけじゃないですか。だから「香水も私の物にして、メゾンをこのまま続けていかないことにはどうしようもない」と思ったんじゃないでしょうか。
此花さんはシャネルで実際に働いていましたが、シャネルってどういう会社ですか?
此花:シャネルがほかのクチュールブランドと一線を画しているポイントは2つあります。まず1つは、シャネルが株式会社ではなく、共同創業者であるヴェルテメール一家のプライベートカンパニーということ。たとえば、昨年ティファニーを買収したモエ ヘネシー・ルイ ヴィトンのようなコングロマリット(複合企業)だと、数年ごとにアーティスティックディレクターが交代してデザインやマーケティングもコロコロ変わり、ブランドイメージがブレる可能性があります。
小暮:ヴェルテメール一家は今もオーナーを務めているんですか?
此花:はい。彼らはシャネルの高級なイメージとアイコンを維持し続け、さらにアトリエを維持することでフランスの服飾文化を守り続けています。もう1つは私の個人的な経験から思うことですが、ココ・シャネルの世界観をいちばん大事にしていること。正確な表現は覚えてませんが、社則の1つに「マドモアゼル(ココ・シャネル)の世界観を伝えること。イメージを壊さないこと」とあり、恵比寿にあった当時のオフィスはインテリアもシャネルカラーだけで装飾されていました。私がいたフロアはデスクもチェアもPCも全部黒で、そこで毎日私は「シャネルの社員だ」という意識が育った気がします。
小暮:そういうところは欧米のブランドはきちんとしてますよね。シャネルやエルメスは“メゾン”と言われるけど、“メゾン”と“ブランド”の違いはこうしたところにもある気がします。
此花:ヴェルテメールはココ・シャネルと長く対立を繰り広げましたが、その中でシャネルというイメージがメゾンにとってどれだけ大切か学んだかもしれませんね。シャネルのN°5も本当に変わってないですから。匂いもロゴも容器も。
小暮:まさにクラシック。しかもいまだに古臭くないわけで、そういうものはなかなかつくり上げられないでしょう。
此花:やっぱりココ・シャネルは20世紀を代表するクチュリエールですね。
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“忖度ゼロ”で明かされるココ・シャネルの新事実
此花:監督に聞いたところ、本作はシャネルに制作協力を依頼しなかったそうです。今回の映画ではこれまでの通説を破る新しい事実が披露されていますが、協力を依頼しないことで一切忖度なしにココ・シャネルの実情に迫ることができたわけです。
小暮:一切依頼しなかったんですか?
此花:はい。新しい事実というのはさっき話したドイツのスパイ容疑の詳細ですが、実はそれだけではありません。ココ・シャネルが少女時代に修道院に預けられ縫製を学んだというエピソードが有名ですが、その暮らしは本当じゃなかった可能性もあるんです。監督に聞いたら「いろいろ調べたけど、やっぱり修道院に行ってないと思う」と言いきってました。
小暮:シャネルのロゴは修道院のステンドグラスが由来と言われますが、それが本当かどうか怪しいとは、驚きです。ココ・シャネル自身が自分で神話作りをしたのかもしれませんね。それから、帽子を売り始めた時もイチからデザインしたのではなく、安い帽子を買ってきてちょっと手を加え、上流階級の人に売っていたという話も驚きでしたね。そのお店も、人が集まるカフェの向かいに作ったり、セルフプロデュースを通じて神話をつくろうとしたんでしょうか。
此花:神話をつくりましたね。階級社会で女性が生きていくためには、神話が鎧だったんでしょう。
小暮:そうですね。男性に庇護されず女性が自立して生きていくのはなかなか難しい時代でしたから。そういえば、ココ・シャネルが1954年にフランスでコレクションを開催した時に、フランスでは「クラシックすぎる」と酷評だったのに、アメリカでは大絶賛されたという話も面白いですよね。
此花:フランスの方が女らしさを女性に求めていたような気がします。当時のフランスは戦争に負けてボロボロの貧しい国で、まだアメリカほど女性の社会進出が進んでいなかったのかもしれませんね。
対談の完全版はポッドキャストで
<ポッドキャスト版はこちら>
前編(Apple/Spotify/popinWAVE)
中編(Apple/Spotify/popinWAVE)
後編(Apple/Spotify/popinWAVE)
『ココ・シャネル 時代と闘った女』
監督/ジャン・ロリターノ
出演/ココ・シャネル、エドモンド・シャルル=ルーほか 2019年 フランス映画
55分 7月23日よりBunkamura ル・シネマほかにて公開。
http://cocochanel.movie.onlyhearts.co.jp/