長らく忘れられた存在だったポッドキャストが、なぜいま注目されているのか? ブームの背景を知るべく、音声コンテンツの成り立ちから歴史を振り返ってみよう。
ポッドキャストが日本で徐々に盛り上がりを見せ始めている。ラジオ局や新聞社などがつくるプロフェッショナルな番組から、一般の人のなんでもないトークまで、幅広いコンテンツがポッドキャストではいつでも楽しめる。
手元のスマートフォンを見てほしい。それがiPhoneならすでに「ポッドキャスト」という紫色のアプリが入っているはず。アンドロイド端末なら「スポティファイ」か「グーグル ポッドキャスト」あたりをインストールすれば無料で聴ける。ランキング上位には人気芸人のトーク番組、英会話や歴史を楽しく学べる番組、ラジオ番組の出張版など、いかにも面白そうなプログラムが並んでいる。その中にキラリと光る一般人が交じっていたりして、発掘する楽しさもある。いまや知る人ぞ知るエンタメと知識の宝庫なのだ。
とはいえ、ポッドキャストというサービス自体は突然出てきたものではない。実は2000年代初頭に登場した古くて新しいプラットフォームだ。ポッドキャストが生まれたのは04年。技術的にはコンテンツの更新情報を届ける「RSS」という仕組みを通じて、ネット上にアップロードした音声データを受け取れるようにしたものだ。アップルの音楽プレーヤーiPodでもこれを受け取ることができ、ラジオのように聴けることから一般に広まった。ポッドキャストとは「iPod」と放送を意味する「broadcast」を組み合わせた造語だった。
日本では05年に商用サービスが始まる。当時個人向けブログサービスを運営していたニフティやシーサーが初めて一般向けのポッドキャスト配信サービスを開始。録音した音声をこれらのサービスにアップロードすると、iTunesにポッドキャスト番組として登録された。この時に配信を開始したのが日本におけるポッドキャスト第一世代だ。日本のラジオ局も参加し、番組の一部をポッドキャストに流し始めた。
しかしこの初期の盛り上がりは長く続かない。00年代後半から10年代にかけて広く普及したのはブログだった。やや遅れてツイッターやフェイスブックなどのSNS全盛の時代がくる。インスタグラム、YouTubeが賑わう一方、「音声」はまだまだ楽しむハードルが高かった。自分の番組をつくるのはもちろん、好みの番組を見つけるのもひと苦労だったのだ。だが、生まれ故郷のアメリカではきっちりブレイクしていた。
その象徴は14年に登場した「シリアル」という番組。犯罪調査をテーマとする番組で、そのクオリティの高さから多くの聴取者を獲得。放送界のピュリツァー賞と呼ばれるピーボディ賞を受賞し、ポッドキャスト史上最も聴かれた番組といわれている。
他にもニューヨーク・タイムズのポッドキャスト「ザ・デイリー」が最初の配信から9カ月で1億再生回数を突破し、マーベルが『ウルヴァリン』の新作をポッドキャストで公開するなど、話題に事欠かない。いまやあらゆるメディア、ブランド、スポーツチーム、企業が自らの番組を配信するのが当たり前で、「ポッドキャスト発のニュース」が日々、報じられている。
放送のプロと一般配信者が、 切磋琢磨する新時代へ
さて、なぜ日本ではポッドキャストがいま再び注目されているのか。その要因は大きく3つある。
ひとつ目はスマホの普及と聴けるアプリが増えたこと。昔のポッドキャストはiTunes経由でiPodに番組をダウンロードしなければ外で聴けなかった。それがいまはスポティファイやアマゾンミュージックなどスマホの音楽アプリでも聴けるようになった。
ふたつ目はコンテンツの質が明確に上がったこと。これはスポティファイやアマゾンの参入によって競争が生まれたことが作用した。ポッドキャストアプリはただの再生プレーヤーであり、聴ける番組に違いはない。そこでスポティファイが自社アプリでしか聴けないキラーコンテンツをつくり始めた。ラジオ局の動きも早かった。TBSラジオは本格ドラマシリーズ「オーディオムービー」を、J -WAVEは「スピナー」というブランドで番組を提供し始めた。
3つ目は配信環境が整った結果、裾野が広がったこと。ポッドキャストの魅力はプロコンテンツだけではない。いまやスマホアプリに向かって話しかけるだけで自分の番組をもてる時代だ。アンカーやラジオトークなどは、録音から配信まで手軽に行え、主要なポッドキャストアプリにも配信できるサービスも提供している。
これによって一気に一般の配信者が増えた。第1回ジャパンポッドキャストアワードで大賞を受賞した「コテンラジオ」は、いわゆる放送のプロがつくった番組ではない。ノミネート作品にも個人の番組が多く並んだ。ここ数年で配信を始めた一般人が、プロたちとランキングを競っているのだ。もうひとつ加えるなら、「ながら聴き」の心地よさもあるだろう。ポッドキャストは目を奪われないコンテンツだ。家事やスポーツ、仕事をしながらでも楽しめる。「目は忙しいけど、耳なら空いている」という人は、ぜひ自分好みの番組を探してみてほしい。
数字で見るアメリカのポッドキャスト市場
ポッドキャスト史上最も聴かれた番組の聴取数:3億4000万DL
アメリカでのポッドキャスト人気の火つけ役となったのが、2014年に配信された「シリアル」。実際の殺人事件の真犯人を再検証する犯罪ジャーナリズム番組で、当時全米で8000万回、2018年時点で世界で3億4000万回がダウンロードされた。現在はその数をさらに伸ばしていることが予想される。
世界で最も稼ぐポッドキャスターの年収:33億円
ポッドキャスト配信者で世界一の収入を得ているのが、アメリカのコメディアン、ジョー・ローガンだ。米『フォーブス』誌によると、ローガンが2019年に配信で得た広告収入は推定3,000万ドル(約33億円)。20年にはスポティファイと複数年の独占契約を結び、その額は1億ドルともいわれる。
ポッドキャストを聴いたことのある人の割合:57%
米エジソン・リサーチ社とトライトン・デジタル社が毎年共同で実施している全米のメディア消費動向調査「The Infinite Dial」の2021年版によると、12歳以上でポッドキャストを聴いたことのある人の割合は全米で57%にものぼる。定期的に聴取している月間リスナーは41%。
ポッドキャストが聴けるおもな配信アプリ
アップルがiTunesにポッドキャストの機能を追加したのが2004年。19年2月にスポティファイがポッドキャストに参入し、ストリーミング再生できるようになると聴取者が大幅に増加。グーグル、アマゾン、キャストボックスなど、今後は配信サービス独自のコンテンツにも注目が集まる。
ポッドキャスト以外で注目の音声サービス
録音から配信までできる音声サービスが近年、続々と増えている。2016年には「ボイシー」が、18年には「スプーン」と「ラジオトーク」が提供を開始。一方で、07年に始まった、本を耳で聴く「オーディオブック」や、10年にスタートした「ラジコ」など、日本独自のサービスも展開されてきた。ラジコは16年にタイムフリー聴取機能が搭載され、聴取者を増やした。
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※この記事はPen 2021年7月号「コーヒーとグリーン、ときどきポッドキャスト」特集より再編集した記事です。