出会いと別れ、生死の巡りは、生きていれば避けられぬこと。喪失の悲しみを味わうくらいなら初めから独りでいい、と心を閉ざす人に伝えたい。それが共感を育み、成長させるのだと。ここでは、出会いと別れを描いた10冊を紹介する。
『はくちょう』
端正な明朝体のタイトル。ていねいに描き込まれたブルーの表紙。いせひでこの美しい挿画の世界に引き込まれながらページをめくると、待ち受けるのは雄大な自然と命が織りなすドラマティックな物語だ。傷を負ったはくちょうと出会い、迫る別れを前に感情の昂り
を抑えられなくなる「いけ(池)」。どうにもならない自らの境遇にそっと憤り、うつむくばかりだった池が叶える奇跡とは。何度読み返しても心打つラストがいい。音読にもお薦めだ。
内田麟太郎 文 いせひでこ 絵 講談社 2003年
『くまとやまねこ』
仲よしのことりの死に突然、直面し悲しみにくれるくま。涙ながらつくった美しい箱に亡骸をしまい込み、肌身離さず持ち歩く。さらには、その様子にとまどう森の仲間たちの励ましにも耳を貸さず、心を閉ざしてしまう。悲しみの淵でうずくまっていたくまを救った、やまねこの意外なことば、そして行動とは? 絵のほとんどをモノトーンの抑えた色調で描きながら、読み手の想像の世界を押し広げる酒井駒子の挿画が圧巻。絵本の醍醐味、ここにあり。
湯本香樹実 文 酒井駒子 絵 河出書房新社 2008年
『100年たったら』
「生まれ変わったら来世で」、なんて男女の誓いは、現実ではうわごとのように聞こえる。だが、本書でライオンと鳥が交わした「100年たったら」の約束は違うのだ。100年が経ち、また別の100年が経ち、一瞬でも寄り添うために輪廻転生を繰り返すふたつの魂。「あいたい」と願い続ける、せつなくも深い思いが、読み手のボルテージを上げていく。旭山動物園の飼育係だった、あべ弘士の絵も実に魅力的。
石井睦美 文 あべ弘士 絵 アリス館 2018年
『えのないえほん』
「このよから きえてしまいたい」と常に自らの醜さを恥じ、人目はおろか月の光さえ避けて生きてきた、けもの。森の中で出会った盲目の少女との交流をきっかけに、けものは初めて生きることの喜びを知る。いったんは少女を拒絶したけものが、死を覚悟の上で得ようとしたものは? 本当の美しさとは? ページをめくるごとに、詩人・斉藤倫の言葉の旋律が心のひだに触れていく。「えのない」世界に徐々に光が差し込むさまを表現する装丁の巧みさ、「えのない」世界を見事に彩る植田真の挿画の素晴らしさも、じっくり噛み締めたい。
斉藤 倫 作 植田 真 絵 講談社 2018年
『思い出した訪問』
独特なモノクローム線画の世界観で人気を博す、エドワード・ゴーリー。本書は彼が数々の傑作を発表した1960年代に発表されたもので、日本では2016年開催の回顧展を機に刊行された。主人公の少女ドゥルシラは、旅先で出会った奇妙な老人と約束を交わす。やがて成長した彼女が、ようやく約束を思い出し行動したことで知るのは、老人の死。ドゥルシラの周囲は裕福な匂いがするが、それは幸福とはイコールで結ばれない。彼女が生きる世界の空虚感。人生の悲哀に胸が締めつけられる。
エドワード・ゴーリー 著 柴田元幸 訳 河出書房新社 2017年
『黒グルミのからのなかに』
最愛の母親を死から遠ざけるため、やってきた死神を「黒グルミのからのなか」に閉じ込めてしまったポール。死がこの世からなくなってしまえば……誰もが一度は願ったことがあるはず。母を守るという目的にまっすぐな、子どもの純粋さが涙を誘う。だが、生と死のどちらかをねじ曲げれば、命はとたんに回らなくなる。死神の言葉に頷きながら、それでも母を思い胸が張り裂けそうになるポール。死があってこそ生がある。反芻すべき人生へのメッセージが込められた一冊。
ミュリエル・マンゴー 文 カルメン・セゴヴィア 絵 とき ありえ 訳 西村書店 2007年
『イノチダモン』
児童文学賞の最高峰アストリッド・リンドグレーン記念文学賞ほか、受賞多数。いまや日本を代表する絵本作家のひとりである荒井良二が、生命の誕生をユニークかつダイナミックに描き上げた一冊。命が生まれることを「いのちが門を潜り抜ける」とイメージしたという、そのセンスに脱帽。“モン(門)”の韻を踏むがごとく繰り返される「イノチダモン」のフレーズなど、荒井らしい独創的ワールドが全開に。圧倒的な迫力とともに、生命そのものが我々の体内に入ってくるようだ。
荒井良二 著 フォイル 2014年
『かないくん』
「しぬって、ただここにいなくなるだけのこと?」。小学四年生のある日に直面した「ふつうのともだち」の死。近くも遠くもない同級生の死に感じた衝撃、疑問。死の意味が理解しきれなかった当時のことを、60年以上経って突然思い出した主人公は、一冊の絵本を描き始める。主題の重さを、あえて流れるような文で綴る谷川俊太郎。途中で語り手が変わる展開のうまさに思わず唸る。ブックデザインは祖父江慎。2年かけて描かれた松本大洋の絵との相乗効果が、心に静かに響く。
谷川俊太郎 作 松本大洋 絵 東京糸井重里事務所 2014年
『ウラオモテヤマネコ』
「まぁ裏の世界からみれば 裏が表で表は裏なのだけれど」。主人公ウラオモテヤマネコの口ぐせが読後も心に残る。誰もがうらやむ美しい理想の世界、けれどみんながみんなずっと一緒にいれば、そこはいつしか現実の世界に。誰もがないものをねだる。いつまでも美しい世界を望んだ女の子の願いを、叶え続けたウラオモテヤマネコ。それでよかったのだろうか。もしかしたら人間がいない世界こそが、いちばん美しい世界なのだとしたら──想像したくもないのだけれど。
井上奈奈 絵・文 堀之内出版 2015年
『ひさの星』
『モチモチの木』『花さき山』など、版画家・きりえ作家の滝平二郎とのコンビで知られる斎藤隆介の絵本。秋田を舞台にした設定や秋田弁の語り口はお馴染みのものだが、岩崎ちひろとの組み合わせが新鮮だ。心優しく無口な少女ひさは、溺れそうになった子どもを自らの命に代えて助けるが、誤解を受け不在のままいわれなき非難を浴びる。力つき、ひとりどろ川にのみ込まれていった、ひさの孤独、悲しみ。「星のように黙って輝く優しさ」を美徳と説くことが困難ないま、ネット炎上が日常となったいまこそ、注目したい絵本。
斎藤隆介 作 岩崎ちひろ 絵 岩崎書店 1972年