あまりにも有名なこの椅子、誰もが目にしたことがあるのではないでしょうか。アメリカのミッドセンチュリーデザインを代表するチャールズ&レイ・イームズによって、このシェルチェアが生み出されたのは1950年のこと。それまで家具デザインとは無縁の地であったアメリカ西海岸を拠点に活躍し、2人は新しい時代を切り開きました。
チャールズとレイは当初、シェルチェアを量産可能なプライウッド(合板)で成型しようと構想していたといいます。しかし当時の技術では座面と背もたれが一体となった有機的な形状を実現できませんでした。そこで彼らが着目したのが、軍需用に開発されたFRP(ガラス繊維の入った強化プラスチック)です。これによって世界で初めてプラスチック製の椅子を量産化することに成功し、造形的に美しく、品質の良い椅子が多くの人にも買えるようになりました。
豊富なカラーバリエーションをはじめ、シートと脚部の組み合わせを選べる画期的な構造はアレンジの幅が広く置く場所を選びません。そんな生活に取り入れやすい点も名作椅子と呼ばれる所以の一つでしょう。ミッドセンチュリーの重厚なスタイルが好きであれば、FRP製を選ぶのがベスト。当時の雰囲気を復刻させたビビッドなカラーと風合いに加え、経年のキズや色焼けしていく姿にますます愛着が湧くはずです。
一方、ポリプロピレン製はほどよくミッドセンチュリーの印象が薄まるので、北欧家具をはじめとする明るい色の木製家具とも合わせやすく、現代の雰囲気にあった軽やかさが魅力でしょう。カジュアルなイメージのある椅子ですが、おすすめなのがウォールナットのウッド製。ブラックカラーのインテリアと合わせてシックな空間も演出できます。
チャールズ&レイ・イームズ
クランブルック・アカデミー・オブ・アートで教鞭をとっていたチャールズ(1907-1978年)と、同僚であったレイ(1912-1988年)が1941年に結婚。それとともに教職を辞して家具のデザインを始める。工業化に伴う技術革新を応用した家具など、幅広い活動でデザインの本質を追求して社会に貢献した。
●問い合わせ先/ハーマンミラージャパン TEL:03-3201-1836 www.hermanmiller.co.jP
2.スツール 60/アルヴァ・アアルト
座ることはもちろん、サイドテーブルにもなり、踏み台にだってなる。 そんなスツール 60はまさにオールラウンドプレイヤーです。シンプルで美しく、使いやすい。丸い座面とL字の脚を組み合わせただけの単純な形だから、著名な建築家がデザインしたと説明されてもピンとこないかもしれません。
このスツールを生み出したのはフィンランドが誇るモダンデザインの巨匠、アルヴァ・アアルトです。アアルトは1920年代後半に設計した結核患者の療養施設「パイミオのサナトリウム」が世界的に評価され、建築家としての地位を確立していきます。彼はここで本格的な家具デザインも始めており、なかでも成形合板を使った大曲面の座面をもつ「41 アームチェア パイミオ」は、革新的な技術もあいまって建築同様に高い評価を得ます。
モダンでシンプルなデザインのスツール 60は、「パイミオのサナトリウム」が完成した1933年にデザインされました。その特徴であるL字の曲木脚「L-レッグ」は、角材の曲げ加工を施す部分にスリットを入れ、その隙間に薄いベニヤを挟みこみながらプレス加工で曲げていくというもの。この技法によって強度は高まります。そして「L-レッグ」は、長さや大きさを変えて椅子やテーブルの脚にも応用されていきます。規格化された部材であり、出荷時は分解して平たく梱包できることから、製造・輸送コストも抑えられ、買い求めやす価格に設定されていることも魅力のひとつでしょう。
また、開封後は誰でも簡単に組み立てができることもアアルトによる大きな発明だったと言えます。時代に左右されることなく、さまざまなインテリアに調和する一脚は、いまも世界中で愛されています。スタッキング可能なのでいくつあっても場所を取らないスツールは、生活のシーンが変わるたびに買い足していってもいいのかもしれません。
アルヴァ・アアルト
1898年、フィンランド・クオルタネ生まれ。建築と家具でフィンランドのモダンデザインを推し進めた建築家。1935年には妻アイノ(1894-1949)らとともに照明や家具をデザインするブランド「アルテック」を設立。自国の木材を使用し、環境との共生や地域文化の尊重、地場産業の育成など今日的なテーマをいち早く実践した。76年没。
●問い合わせ先/アルテック TEL:0120-610-599 www.artek.fi
3.Yチェア/ハンス J. ウェグナー
シンプルで機能美を備えた北欧家具の多くは、私たち日本人の感覚とも親和性が高く、時代を超えて愛されています。名作も数多い北欧家具のなかでも、もっともよく愛されている椅子といえばYチェアでしょう。日本の住空間にも合わせやすく、長く愛用できる飽きのこないデザインはどのように生まれたのでしょう。
わずか13歳で家具職人の修行を始め、17歳にしてマイスターの資格を取得したハンス J. ウェグナー。デザイナーでありながら、木の特性を熟知した職人の腕を持ち合わせていたからこそ生まれた一脚が、このYチェアです。デザイナーと職人の両面をもつウェグナーは、表現の幅が広がるのであれば、と機械加工も意欲的に取り入れていました。
そんな柔軟な考えをもつ彼の姿勢をよく体現するYチェアは、中国の明王朝時代の椅子にインスパイアされて1950年に発売されました。制作過程の多くに機械を用いながら、繊細な作業を必要とするやすり作業や組み立て、座面に使われるペーパーコードの編み込みなどを手作業とすることで、コストを抑えながらも高い品質を維持しています。巧みな技能の使い分けに裏付けられているからこそ、見た目にも美しく、座り心地の良い椅子が実現しました。
緩やかな曲線と細い部材からやわらかな印象を受けるYチェアですが、ブラックフレームを選ぶことでクールに引き締まります。たとえば、木の質感が楽しめるソープ仕上げのオーク材のテーブルと組み合わせてコントラストを効かせ、モダンな山荘のような温もりあるインテリアにするのも素敵です。
ハンス J. ウェグナー
1914年、当時はドイツに属していた南デンマークのトゥナーに生まれる。アルネ・ヤコブセンの建築事務所で働いたのちにデザインスタジオを設立。母校であるコペンハーゲン美術工芸学校で教鞭を執り、椅子のデザインを続ける。「チャイニーズ・チェア」やジョン・F・ケネディが座った「ザ・チェア」など、生涯で500脚以上もの椅子をデザインした〝椅子の巨匠〟として知られる。2007年没。
●問い合わせ先/カール・ハンセン&サン フラッグシップ・ストア東京 TEL:03-5413-5421 www.carlhansen.com
4.ヒロシマ/深澤直人
日本を代表するデザイナーの深澤直人は、同じくデザイナーのジャスパー・モリソンとともに「スーパーノーマル」というデザインの考えを提唱しています。デザインとはいったいなにかということに一石を投じるこの理念は、普遍性とその豊かさをあらためて私たちに気づかせてくれました。一見するとなんの変哲もない「ノーマル」なものは、気取ることなく日常にすっと馴染みます。つまりそれは、時が経っても色褪せることなく、価値を保ち続けることができるのです。
その理念を体現し、世界に認められた日本の名作椅子が深澤によるマルニ木工の「ヒロシマ」です。製品から「スーパーノーマル」を感じさせるアップル社もその美意識に共鳴し、アメリカ・カリフォルニア州の本社で使用しているといいます。さて、この「ヒロシマ」は一見するとシンプルに見えますが、溶けるように滑らかな曲面を描く深澤のデザインと、それを支える優れた木工技術の融合が生み出した一脚です。
繊細なラインは正確な図面化が難しく、まず職人の手の動きを数値化したプログラミング技術を使って3次元加工機で成形されるといいます。その後、職人が一脚一脚を磨いて完成。こうした最新の工作機械と職人の確かな技術が融合し、工業製品でありながらも手作業の温かみを感じさせる椅子を実現させているのです。
こうして生まれた「スーパーノーマル」な一脚は、どのような空間にも調和するので国内外のレストランでも多く使用されています。飽きることなく使い続けられるこの椅子は、まさに白米のような存在。ダイニングチェアとしてはゆとりある座面で、ゆったりと寛ぎのひと時を過ごすことができます。その存在はさりげなく上質で、空間の質そのものも格上げしてくれることでしょう。
深澤直人
1956年、山梨県生まれ。多摩美術大学プロダクトデザイン科卒業。2003年自身の事務所を設立。手がけるデザインは電子精密機器からインテリアに至るまで多岐に渡る。無印良品、B&B Italia、Vitra、MAGISなど国内外の大手企業のデザインからコンサルティングを多数手がける。21_21 Design Sightのディレクターや多摩美術大学統合デザイン学科教授、日本民藝館館長も務める。
●問い合わせ先/マルニ木工 TEL:03-5614-6598 www.maruni.com/jp
5.マレンコ/マリオ・マレンコ
いまでこそソファがリビングルームにある風景は一般的ですが、1970年代の日本においてソファは応接間にある特別な家具でした。その時代にアルフレックス社から発売されたのがマレンコです。イタリアのモダンスタイルにならった合理的で快適な暮らし。それを叶えるため、リビングに置いて家族の団欒の中心的な存在となるソファとして生まれたのがマレンコです。日本のモダンライフスタイルは、このマレンコからスタートしたといってもいいでしょう。
イタリア人デザイナーのマリオ・マレンコが一瞬のうちに描いたスケッチから生まれたと言われているこの椅子。クッションを組み合わせたような特徴的なフォルムに腰を下ろしてみれば、包み込まれるように身体にフイットして、その心地よさに驚かされます。中材に使われているモールドウレタンは、自動車や鉄道車両の座席などにも使われている耐久性の高い素材。ソファ形状の金型内にウレタン液を流し込み、短時間で発泡させて成形しています。弾力性が高いため体圧分散に優れ、快適な座り心地を実現しているのです。
清潔に長くものを使うという日本独自の合理性から着想した着脱可能なカバーは、イタリアにも逆輸入されることとなりました。着せ替えることで大きく印象が変わる上に、本体が痛まないので長年にわたって愛用できることが魅力です。温かみがありつつも、無駄を削ぎ落としたデザインはどのようなスタイルの部屋にも馴染むでしょう。たとえば古民家など日本の古い住宅に置いてもモダンさが加わり、ぐんと現代的な空間へと変えてしまう。登場からまもなく半世紀を迎える名作は、時を超えていつまでもモダンであり続けます。
マリオ・マレンコ
1933年、イタリア・フォッジャ生まれ。ナポリ大学建築学科を卒業。その後、スウェーデン、ドイツ、アメリカ、オーストラリアなど世界各地でデザインを学ぶ。 62年、ローマに自身の事務所を設立。イタリアのサボイア王家御用達のブランドであるポルトローナ・フラウやB&B ITALIAやアルテミデなどさまざまな一流インテリアブランドのデザインを手がけている。
●問い合わせ先/アルフレックス ジャパン TEL:0120-33-1951 www.arflex.co.jp
6.チェアワン/コンスタンティン・グルチッチ
21世紀以降に発表された椅子から名作を選ぶとしたら……外せないのがこのチェアワン。いま、世界で最も活躍するインダストリアルデザイナーの一人であるコンスタンティン・グルチッチが2003年に発表した一脚です。名作の条件の一つにロングセラーであることが挙げられますが、まだ歴史の浅いこの椅子の魅力はいったいどこにあるのでしょう。
初回に紹介したイームズのシェルチェアのようなアメリカのミッドセンチュリーに生まれた家具、そして北欧家具やバウハウスの作品など、数多くの名作からの蓄積を経て、現代のデザインは生まれます。年々多様性を増すデザインの世界では近年、どこかアートを思わせるコンセプチュアルな椅子も多くなってきました。ユニークな造形が目を惹くチェアワンもまた、常識に捉われないデザイナーの自由な発想が感じられませんか。
このように既成概念を破る表現を可能にしたのは、ものづくりの技術が進歩していることが挙げられます。いくつもの三角形を組み合わせて立体的に立ち上げられた形状から、エッジ部分のみを残して構成した力強いフォルム。この椅子最大の魅力であるフォルムは、グルチッチが人間工学に基づいてダンボールで実寸模型を組み上げ、その姿かたちを検証した後にコンピュータ―を用いた最新の設計技術でデザインしたといいます。
彫刻的な造形が適度な緊張感と知的な印象を与えてくれるチェアワン。そのフォルムはすっきりとした空間でこそ映えるものと言えそうです。屋外使用も可能なのでテラスで使っても素敵でしょう。芝生や木々などのグリーンとのコントラストは、ナチュラルな空間を引き締める存在となりそうです。
コンスタンティン・グルチッチ
1965年、ドイツ・ミュンヘン生まれ。 ロンドン・ロイヤルカレッジ・オブ・アート(RCA)卒業後、ジャスパー・モリソンの事務所を経て独立。 2001年、FLOSから発表された「MAY DAY」がコンパッソ・ドーロ賞を受賞するなど、受賞歴は多数。 多くの作品がニュ-ヨ-ク近代美術館などのパーマネントコレクションに選定されている。
●問い合わせ先/マジスジャパン TEL:03-3405-6050 www.magisjapan.com
7.セブンチェア/アルネ・ヤコブセン
完璧主義者だったと言われるデンマークの建築家、アルネ・ヤコブセン。彼は建築にとどまらず、内装、家具や照明、調度品に至るまで一貫してデザインを手がけたことで知られます。自身が設計した空間に他のコンセプトが混在することを避けたかったのでしょう。その多くは後に製品化され、没後半世紀近く経ったいまでも世界中で愛用されています。なかでも最も有名な椅子が1955年にデザインされたセブンチェアです。
デンマークのみならず北欧のモダニズムを牽引したヤコブセンの家具は、同時代の北欧家具に比べて洗練されたミニマルな印象を受けます。素材を探求し、合理性と機能を追求する。その背景には、ヤコブセンの学生時代に一世を風靡していたル・コルビュジエやミース・ファン・デル・ローエからの影響が見て取れます。ビクトリア様式の家具に囲まれて育ったヤコブセンは自室のデコラティブな壁紙を真っ白に塗り替えてしまったというエピソードもあり、シンプルな美に対する意識が幼少の頃から芽生えていたことがうかがえます。
そんな彼の機能主義と美意識を昇華させたセブンチェアは、成型合板による背と座が一体となった三次曲面のシェルが魅力的です。緩やかな曲線を描く美しいフォルムとしなやかな座り心地は後進の家具にも大きな影響を与えました。プレーンなデザインは空間を選ばず、日本でもカフェや公共施設などさまざまな場所で見かけることができます。現在は豊富なカラーバリエーションに加え、アームレストやキャスター付きのモデルなどの選択肢も幅広く、自宅においてもダイニングからデスクワークまでさまざまなシーンに合わせることができます。その懐の深さが世界で愛される人気の秘訣なのでしょう。
アルネ・ヤコブセン
1902年、コペンハーゲン生まれ。デンマーク王立芸術学校卒業後、29年に「未来の家」を発表して注目を集める。40年にはナチスの迫害から逃れるため、ポール・ヘニングセンとともにスウェーデンへ亡命。帰国後、デンマーク初の高層ビル「SASロイヤルホテル」などの設計を手がける一方、家具デザインでも多くの名作を生み出した。
●問い合わせ先/フリッツ・ハンセン青山本店 TEL:03-3400-3107 https://fritzhansen.com
8.BKFチェア/アントニオ・ボネット、フアン・クルチャン、ホルヘ・フェラーリ=ハードイ
アントニオ・ボネット、フアン・クルチャン、ホルヘ・フェラーリ=ハードイ。ル・コルビュジエのオフィスで出会った3人の建築家がデザインした椅子の名は、それぞれの頭文字をとって「BKFチェア」と名づけられました。バタフライチェア、ハードイチェアなどの愛称でも知られる椅子は、手頃な価格もあってミッドセンチュリー期のアメリカの若者に愛された椅子です。
ル・コルビュジエのアトリエでアルゼンチン・ブエノスアイレスの都市計画にかかわった、スペイン・バルセロナ生まれのアントニオ・ボネット、アルゼンチン出身のフアン・クルチャンとホルヘ・フェラーリ=ハードイ。意気投合した彼ら3人はブエノスアイレスに拠点を移し、1938年に同地で手がけた集合住宅のために「BKFチェア」をデザインしたといわれています。彼らがインスピレーションを得たのはイギリスのエンジニア、ヨゼフ・フェンビィが1855年にデザインしたアウトドア用の折りたたみ椅子でした。
やがてミッドセンチュリー期に入ると、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のインダストリアルデザインキュレーターであるエドガー・カウフマン Jr.が「BKFチェア」を評価したことで人気が高まります。MoMAへの収蔵とともに、ペンシルベニアにあるカウフマン Jr.の両親の週末住宅「落水荘」に納品され、アメリカへ紹介されることとなりました。そう、「落水荘」は言わずと知れたフランク・ロイド・ライト設計の名作住宅です。この椅子は、初期はアルヴァ&アイノ・アアルトのアルテック=パスコ社、その後はノル社で製造され、1950年代には人気の高さから大量のコピー商品も出回りました。現在はスウェーデンのクエロ社からレザー製のチェアが、2018年以降はノル社からフェルト製のチェアが復刻されています。
アントニオ・ボネット、フアン・クルチャン、ホルヘ・フェラーリ=ハードイ
スペイン出身のアントニオ・ボネットと、アルゼンチン出身のフアン・クルチャン、ホルヘ・フェラーリ=ハードイは、ともにパリのル・コルビュジェのアトリエで働いた経験をもつ建築家、デザイナー。1930年代にブエノスアイレスを拠点にして活動を始め、数々のモダニズム建築を手がけた。
●問い合わせ先/ロイヤルファニチャーコレクション TEL:03-3593-3801 http://royal-furniture.co.jp
9.LC2/ル・コルビュジエ、ピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアン
建築家によってデザインされた椅子は数多いものの、もっとも幅広く世間に知られる椅子がル・コルビュジエがピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアンと共作したLC2ではないでしょうか。装飾を用いた建築様式を否定したル・コルビュジエは、伝統から切り離された合理性を信条とするモダニズム建築を提唱しました。この名作椅子は、そんな彼の建築思想をよく表すものです。
ル・コルビュジエは1928年、当時のモダニズムを象徴するスチールパイプを使用した籠のようなフレームに革製の四角いクッションをはめ込んだLC2を発表します。それは合理的に快適さを実現するソファでした。しかし彼の親しい顧客はこの椅子を手にしたものの、一般的にはスチールパイプの家具に馴染みがなかった時代で採算も見込めず、お蔵入りとなってしまいます。
この家具が再び世に出るのは1965年のこと。ル・コルビュジエとペリアンの監修により、カッシーナ社から早すぎた名作が復刻されることになったのです。同年にル・コルビュジエはこの世を去っていますが、それから50年を経た2015年には素材の見直しと過去のアーカイヴに基づく新色のカラーパレットが加えられました。クロームメッキとブラックレザーの組み合わせも普遍的で良いのですが、時代に合った表現を解釈するのも家具を楽しむ醍醐味の一つです。グレイッシュなパステルカラーの組み合わせは、まさにいまが旬と言っていいでしょう。既成のイメージとは異なる軽やかな魅力はもちろん、変わらぬ力強いデザインの美しさにも気がつきます。
ル・コルビュジエ、ピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアン
既存の様式にとらわれず、実用的な機能に基づいた建築で後進に多大な影響を与えたル・コルビュジエ(1887-1965年)。家具デザインの多くは、従兄弟であり建築のパートナーであるピエール・ジャンヌレ(1896-1967年)、デザイナーのシャルロット・ペリアン(1903-1999年)との共同作業から生まれた。
●問い合わせ先/カッシーナ・イクスシー青山本店 TEL:03-5474-9001 www.cassina-ixc.jp
10.チェスカチェア/マルセル・ブロイヤー
「チェスカチェア」または「S32」として知られるこの椅子は、マルセル・ブロイヤーが1928年にデザインしたものです。スチールパイプによるキャンティレバー構造の椅子はバウハウスのデザインを象徴する紛れもない名作の一つですが、デザインを巡ってはやや複雑な事情も抱えています。
バウハウスで学び、その後教官として後進を育て、戦後は米国で建築家として活躍をしたマルセル・ブロイヤー。彼は1925年に世界で初めてスチールパイプを使用したチェア「ワシリーチェア」を発表してデザイン界に衝撃を与えます。「チェスカチェア」は、その3年後に生まれました。片持ち構造と呼ばれるキャンティレバーの椅子のスタンダードとして、現在に至るまでこれほど普及した椅子は他にないでしょう。模造品やリプロダクト品の多さからも人気のほどが伺えます。
「チェスカチェア」の生まれた1920年代後半は、バウハウス周辺のデザイナーを中心にスチールパイプを使った椅子やキャンティレバー構造の椅子が続々と誕生した時代です。ブロイヤーは同じくバウハウスで教え、1926年に「S33」を発表したマルト・スタムとスチールパイプ製キャンティレバー構造の著作権を争って敗訴しています。それによってデザインの原型はマルト・スタムが考えたものとなっていますが、諸説あり真相はわかりません。
このスチールパイプを使った椅子の製造は曲げ木で知られる「トーネット」が担い、ブロイヤー、スタム、ミース・ファン・デル・ローエの椅子を生産しています。やがてブロイヤーは、自身のコレクションの権利をイタリアのガヴィーナ社に売却。それが米国の家具メーカー「ノル」に引き継がれます。そのため現在はノルとトーネットの両者から正規品が販売されているのです。時代を大きく変えた椅子は複雑な歩みとともに、いまなお輝き続ける名作として人々に愛されています。
マルセル・ブロイヤー
1902年、ハンガリー生まれ。スチールパイプを使った家具を製品化した最初のデザイナー。設立当初のバウハウスで学び、ベルリン、ブダペスト、ロンドン、ボストン、ニューヨークと拠点を移しながら、家具と建築の両分野で活躍。建築家としてはニューヨークの旧ホイットニー美術館(現メットブロイヤー)、パリのユネスコ本部などを手がけたことで有名。81年没。
●問い合わせ先/ノルジャパン TEL:03-6447-5405 www.knolljapan.com