台湾のデジタル担当大臣オードリー・タンが提唱する、すべての人をコロナから守る「インクルーシブ」という考え方

  • 文:近藤弥生子
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オードリー・タン●1981年、台北生まれ。台湾デジタル担当大臣。2014年に台湾で起きた国民の政府に対するデモ「ひまわり学生運動」がきっかけで入閣。「ソーシャル・イノベーション」「若者の政治参加」「オープンガバメント(開かれた政府)」を推進。世界中から注目される才能の持ち主。

新型コロナウイルスの蔓延において「世界で最も防疫に成功した」と称賛される台湾。日本では、サージカルマスク販売店の在庫がリアルタイムでわかるアプリ「マスクマップ」を開発したデジタル担当大臣のオードリー・タンに注目が集まった。

我々の目にタンがまぶしく映るのは、「インクルーシブ」という考え方をもっているからだ。「誰ひとり取り残さない」「声の小さい人の意見に注意して耳を傾ける」──その姿勢は、ギフテッド(天賦の資質を備えること)やトランスジェンダー、スーパーハッカーなど、多様なバックグラウンドをもつタンならではのものだ。

世界中から注目された台湾のマスクマップ。新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた台湾で、早晩マスク不足に陥るのは不可避だと政府が判断し、マスクはすべて政府が買い上げ、実名制(本人確認)で販売。マスクの輸出を禁止することを発表したのが2020年2月3日。そこから3日後に完成したマスクマップは、全台湾に6000カ所以上もあるマスク販売拠点の在庫が、グーグルマップ上で30秒ごとに自動更新されるというものだった。これにより、いつ、どこで、マスクが入手可能かという最新情報が示されたことが市民の安心感へとつながり、マスクを公平に行きわたらせようとする政府の姿勢も可視化され、台湾はパニックを免れた。

ここには通常であれば考えられない取り組みがなされていた。それが、タンが用いた革新的な解決法により社会問題を解決する「ソーシャル・イノベーション」だ。政府がマスクマップのようなアプリを開発することになった場合、入札やコンペを実施した上で、ひとつの開発会社に発注することが多いだろう。だが、タンは違った。マスクの在庫データをまとめたこのマスクマップをオープンソース化し、1000人ものシビックハッカー(民間のエンジニア)らと共同で完成させたのだ。

政府がつくったこのマスクマップをもとに、シビックハッカーらはさらに、グーグルマップを使いこなせないお年寄りなどのために「OK google」や「Siri」などの音声アシスタントサービスや、「LINE BOT」といったアカウントサービスで130以上のアプリに対応させた。その利用者は1000万人を超え、台湾の全人口の約40%に相当する。


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高速通信5Gが普及すれば、 都市という概念は不要に

PDIS「2020-04-21 DSI #TaiwanCanHelp」

タンは台湾で開かれた社会をつくり、自身のオフィスも常にオープンなものとし、人々と触れ合うべく地方を訪れる。こうした取り組みに「誰ひとり取り残さない」というインクルーシブの姿勢がはっきりと見える。

デジタル担当大臣のタン自ら「インターネットは人権である」と公言し、現在、台湾で推進している5G(第5世代移動通信システム)も、離島や山岳地といった地方の僻地を優先して普及させようとしている。こうした場所にこそ、高速なインターネットが必要となるからだ。

「5Gがあれば、都市という概念はもう必要なくなりますね」とタンは笑い、「これは人権に基づくことですから、費用対効果で語られるべきものではありません。導入のためにイノベーティブな設計が求められています」と語る。「DX(デジタルトランスフォーメーション)」ばかりが取り沙汰される日本だが、こうした「インクルーシブ」こそ、我々が学ぶべき姿勢ではないだろうか。


台湾で、オードリー・タンが実践していること。

開かれた社会にする。

「台湾はアジアで最も社会が開かれています。私たちはフェイクインフォメーションを抑えながら、言論や報道の自由を守っていることを誇りに思っています」。こうタンが語るように、台湾では政府が報道の上に立つことのないよう開かれた社会を目指しながら、フェイクニュースの封じ込めに当たっている。また、タンの推進もあって台湾政府ではオープンデータ化があらゆる資料で加速しており、「政府オープンデータプラットフォーム」上で公開されている。他にも、市民から特定データのオープンデータ化リクエストも受け付けている。

PDIS「2019-01-09 屏東春遊小旅行」

オフィスを常に開放する。

タンのオフィスは2カ所。行政院(日本の内閣と各省庁を合わせたものに相当)の執務室以外にも、「ソーシャル・イノベーション・ラボ」(タン自身が設立)という場所がある。「私の視野は限られていますから、社会でなにが起こっているのかを広く聞き、知る必要があります」と、こちらのオフィスでは週に一度のオープンオフィス(予約制)を実施。子どもからお年寄りまでさまざまな人々が訪れ、意見交換を行っている。「徹底的な透明性」を重視するタンの意向でこの模様は録画され、インターネット上で公開されている。

社會創新平台

自ら地方へ行き、リアルでもつながる。

「ソーシャル・イノベーションが起こっている現場は、台北だけとは限らない。“行政院に来てください”とお願いしても代表メンバーしか来られない。だけど、自分が地方に行けば、すべての人々と会うことができます」と話すようにタンは頻繁に地方へ出かけている(左図のように訪問先をウェブ上で公開)。地方都市の拠点とつないで座談会をライブ配信し、地域を超えてコミュニケーションを取ることもある。インターネットだけではなく、リアルの場においても、人々からの意見に広く耳を傾けるタンの姿がある。