デイリーユースとも呼ばれるが、いわゆる普段使いを前提にした高級腕時計選びは意外に難しい。オンビジネスのスーツ姿からカジュアル、そしてサイクリングなどのスポーツまで、多彩なシーンが想定されるからだ。エルメスの新コレクション「エルメスH08」(エイチ オー エイト)は、この難問に対する明解な回答といえるだろう。
ネーミングのHはもちろんエルメスの頭文字だが、「0」と「8」はケースのフォルムに呼応。「0」は無であり「8」は横に倒せば無限。何もない世界とすべてが存在する世界の往還を意味するという。丸型とも角型ともいえないクッションケースが「0」のモチーフであり、それが独特の面取りで造形されたベゼルを経て真円のダイヤルに至るデザインが、無から無限へのプロセスと解釈できるかもしれない。ダイヤルのタイポグラフィはいつものように新しくデザインされており、遊び心を感じさせるだけでなく、0を重ねたような8の数字が「H08」の理念を象徴している。
このケースフォルムで10気圧防水。スキューバダイビングは無理だが、日常生活で湿気や水分を気にする必要がない。軽量であることも際立った特長だ。3タイプがラインナップされているが、最上級にあたる「フルブラック」は炭素原子を網目のように結着した複合素材のグラフェンを採用。超軽量で強度が高く、腐食などの化学耐性や耐熱性にも優れている。サテンとポリッシュで仕上げたベゼルもセラミック製なので、傷がつきにくい。少しばかりぞんざいに扱ってもダメージを受ける怖れがないわけだ。
他の2タイプのケースもやはりスチールより軽量なチタン製。マットブラックのDLC加工とサテン仕上げで表面処理が異なる。DLCは高硬度の炭素皮膜を施すことで耐傷性が高く、もうひとつのサテン仕上げは金属素材特有の質感を楽しめる。これに組み合わせるベルトも、チタン製ブレスレットに加えて、スポーツライクなラバーストラップや、このモデルのために独自開発されたファブリックストラップも用意されている。
搭載されたムーブメントは自社製自動巻き「H1837」。4時と5時の間に横長で見やすい日付表示があるなど、実用性を徹底的に追求しながらも、上品で個性的なモデルに仕上がっており、さらに秒針にも特長がある。秒針は時針より長くするのが一般的だが、このモデルでは最内周に合わせるだけでなく、1本の細長い針が中央を軸として回転する。そのトップにはオレンジ色の三角があり、エンドにはリング。これこそが無から始まって終わりのない無限の世界を告知するシンボルではないだろうか。
こうした哲学的な意味は別として、シチュエーションを選ばずシームレスに使い回せる汎用性と軽量性。堅牢で傷がつきにくい実用性に加えて、ウィットを感じさせる優れたデザイン性。三拍子どころか四拍子が揃ったエルメスの意欲的な新コレクションといえよう。
問い合わせ先/エルメスジャポン TEL:03-3569-3300