江戸前のルーツ“箱鮨”を編み出した、大阪「吉野寿司」にみる上方の流儀とは

  • 写真:蛭子 真
  • 文:小長谷奈都子
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大阪鮨には、押し鮨、ちらし鮨、巻き鮨、蒸し鮨などがある。押し鮨はさらに、使う木型の大きさやかたちによって、箱鮨、棒鮨、小袖鮨などと分類される。ここでは、大阪鮨の代表的な存在である箱鮨を紹介しよう。


小鯛は皮のつなぎ目を自然に合わせたり、アナゴは鮨飯に沿うように鉄の重しをして焼き上げ、さらに木槌で叩くなど、細かな職人技が凝縮した伝統の箱鮨だ。

手間ひまかけた素材を彩り豊かに並べ、「二寸六分の懐石料理」と称される洗練された箱鮨を編み出したのは、天保12年(1841年)創業の「吉野寿司」の3代目。明治初期のことで、それまではひと型に一種類の魚を使用する大衆的なものだったが、海老や鯛、アナゴなどの高級食材を取り入れ、贅沢な箱鮨を完成した。

鮨飯とネタが熟れて、深い旨味を醸し出す。

「箱鮨は大阪の船場だから生まれたもの。瀬戸内海の新鮮な魚介や奈良や和歌山からの農産物、西国大名の蔵屋敷、北前船からの乾物、琵琶湖水系の水。良質な食材が集中する天下の台所であり、それを消費する商人たちの財力があったからこそだと思います」と同店7代目を継ぐ橋本卓児さん。
豪商が軒を連ね、芸事を楽しむ粋人が多かった上方と、職人層が多く、せっかちな気質の江戸。求められる鮨が異なったのはごく自然の流れだ。江戸前の握り鮨をファストフードだとすれば、大阪の箱鮨はその対極にあるスローフードといえるだろう。
第一に、調理にかける時間が長く、具材は一晩寝かして仕込むものが多い。瀬戸内の小鯛は塩をして酢で〆て寝かし、一晩かけて戻した大分や宮崎の干しシイタケは5時間ほどかけて炊き上げる。鯛やタラなどを使った自家製のすり身を練り込む厚焼卵は、甘くふわふわの仕上がりだ。
こうしてていねいに揃えた具材を受け止める鮨飯の味もまた重要で、上方では「飯に六分の味」といわれるほど。時間が経ってもおいしい西日本の硬質米を昆布で炊き、創業以来変わらない粕酢をベースにした酢を中心に、甘めにしっかりと味付けをする。


木型の底に竹皮を貼り、鮨飯や蓋の寸法に合わせて切った具材を順に詰める。鮨飯は見た目よりも多く、大きなおにぎり2個分ほど。

具材を詰めたら蓋をして、両手で手前を押し、90度ずつ回転させて四方で繰り返す。写真はコケラ鮨で、素材のグラデーションが美しい。

箱鮨を構成するのは、小鯛鮨、アナゴ鮨、そして厚焼卵、海老、キクラゲ、小鯛を彩りよく並べたコケラ鮨の3種類。コケラ鮨の名前は、屋根を葺くコケラ板のように、具材をずらして並べることに由来する。
「私たちは鮨を“漬ける”といいます。木枠に鮨飯とネタを詰め、押すことで鮨の中の空気を抜き、酸化や乾燥を防ぐのです」と橋本さん。「鮨詰め」という語源は、この箱鮨にあるという説明も興味深い。
次に、生ものを使わず、すべての素材に手間をかけ、保存が効く味付けにしているため、時間が経ってもおいしく食べられるのも大きな特徴。かつては、持ち帰りの鮨屋こそ一流で、箱鮨は芝居の合間の楽しみや、贈り物にするハレの料理だったのだ。
そして、最後に味わい方もまた違う。昆布で炊いた鮨飯に、海老やアナゴなどの動物性たんぱく質、干しシイタケのグアニル酸。噛むほどにさまざまな旨味が口の中で溶け合う、しみじみと深い味わいこそ、箱鮨の神髄だ。
江戸前を語る前に、そのルーツとなった箱鮨の豊かな世界をぜひ堪能してはどうだろう。

押し終わるとまわりの木枠と蓋を垂直に引き抜く。間に挟んだシイタケや海苔が、真ん中にまっすぐ入っていることもポイント。

型から抜いたら、アナゴにはアナゴの焼きダレ、小鯛とコケラ鮨には薄口醤油と煮切った酒のタレを刷毛で塗り、6等分に切り分ける。

吉野寿司
大阪府大阪市中央区淡路町3-4-14 
TEL:06-6231-7181 
営業時間:9時30分~15時(テイクアウト) 11時~13時30分L.O. 
定休日:土、日、祝


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この記事は、2019年 Pen1月15日号「江戸前の流儀。うなぎ/天ぷら/鮨」特集よりPen編集部が再編集した記事です。
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