テラスの向こうに広がるのは、碧く澄んだ瀬戸内海。陽を浴びて煌めく水面を、船が滑るように進んでいく。穏やかな空気が流れる中、心地よく耳をくすぐるのは、鳥のさえずりや寄せては返す波の音。「海音真里」という宿の名が、すとんと胸に落ちる。
このままずっと、この景色に身をゆだねていたい──。自然の一部になったような感覚で寛いでいると、時間が経つのはあっという間だ。陽が落ちた後には、レストランでさらなる至福のひと時が待っている。
「小豆島ならではの魅力を、多くの方に体感してもらえたらうれしいです」
こう語るのは、オーナーの眞渡康之。20年にわたり愛されてきた古民家の宿「島宿真里」の主でもある。姉妹宿として2019年にオープンしたのが、ここ「海音真里」だ。
海を見晴らすロケーションはむろん、建物自体も島らしさを伝える造り。小豆島は大阪城の築城にも使われるほど、石の産地として長い歴史をもつ。野面積(のづらづ)みの石垣や客室の浴槽、母屋の壁など、随所にあしらわれた島の石が、モダンな建物に野趣を加えている。
豊かな食文化も、宿で謳歌できる島の財産だ。醤油や素麺は江戸時代からの特産品であり、島宿真里では地元の醤油を活かした会席で旅人をもてなしてきた。海音真里での食のテーマはオリーブ。日本一の生産量を誇る小豆島は、国産オリーブの発祥地でもある。手摘みへのこだわりなど、細やかなものづくりから生まれるオリーブオイルは、国際的にも評価が高い。
「醤油よりデリケートでバリエーションが豊か。品種や成熟度はもちろん、栽培や搾油の仕方でも味わいが異なってきます」
小豆島の豊かな食文化を、朝に夕にゆるりと満喫。
信頼を置く島のつくり手たちが丹精込めた、個性豊かなオリーブオイルの世界を堪能できるのが、夕食の「オリーブ会席」だ。食前ジュースからデザートまで、料理のほぼすべてにオリーブのオイルや実が使われている。オイルは数十種類の中から、料理に合うものをその都度セレクト。
「食材がいいから、なるべく料理には手をかけない。オリーブオイルや醤油をペアリングして、素材のよさを最大限に引き出すようにしています」
こう語る眞渡オーナーは、毎朝の仕入れにも自ら赴くなど、生産者との信頼関係をなにより大切にしている。野菜も魚も米も、すべて直接掛け合って仕入れるものばかりだ。
鮮度抜群の食材とオリーブオイルの組み合わせは、驚きと発見の連続。この日はまず、皿に丸々一本置かれた朝採れラディッシュにガツンとやられた。お薦めのオイルをひと垂らししたら、自家製ブレンド塩やもろみパウダーを付けてがぶりとかじる。ラディッシュの苦味と、オイルの爽やかな苦味があいまって瑞々しさが際立つ! まさに素材のよさを引き出すペアリングだ。
オイルは料理によって揚げ油やソースにも使われるが、そのままかけるとダイレクトに取り合わせの妙が感じられる。さっぱりしたお椀に繊細なオーガニックオイルをのせると、華やかな後味に。お造りにスパイシーな無濾過オイルとスダチを合わせると、カルパッチョのような風味に。生素麺に抹茶のような渋味のオイルを合わせると、コクが生まれてまろやかな味わいに。
こんなにも和食に合うのは、それだけオイルの風味が繊細であるからだろう。料理をサーブするスタッフがていねいに解説してくれるので、食事が終わる頃には、にわかオリーブ通になった気分。翌日の朝食では、自分の好みでオイルをかけて楽しめるのもうれしい。
宿では、「つくり手とお客様をつなぎたい」という思いから、オリーブ農園や醤油蔵などを見学するツアーも不定期で開催している。今年の2〜3月はオリーブフェアとして、見学だけでなくテイスティングのワークショップも開催される予定。より深くオリーブを知る絶好の機会だ。併設のショップには充実したセラーも備えているので、好みのオイルをぜひ手に入れて帰りたい。
オリーブオイルの未知の魅力に出合い、小豆島の食文化にじっくり浸れる宿。日常に戻った後も、島のオイルで新たな使い方を試すたびに、旅の記憶が鮮やかに蘇ってくる。
※Pen2021年2/15号「物語のあるホテルへ。」特集よりPen編集部が再編集した記事です。
※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、掲載している内容から変更になる場合があります。
海音真里
香川県小豆郡小豆島町堀越岬海岸
TEL:0879-82-0086
全6室 展望風呂付き¥38,500(税・サービス料込、夕・朝食付)〜、離れ¥47,300(税・サービス料込、夕・朝食付)〜
※1室2名利用時の1名の料金
不定休
アクセス:高松港、新岡山港、宇野港、神戸港、姫路港、日生港から小豆島までフェリーで約60分。小豆島の主要港からの送迎有
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