「起業家として、誰もやっていないことにチャレンジするのが好きなんです。このホテルに建築家の藤本壮介さんを起用したのも、それが第一の理由でした」。前橋市で昨年12月に開業した「白井屋ホテル」のオーナーで、アイウエアブランド「ジンズ」の創業者である田中仁は、そう語る。
彼も、世界各地でプロジェクトが進む藤本も、ホテルを手がけるのは初めて。彼らは約6年も定期的にディスカッションを重ね常識にとらわれず案を出し合った。世界でも類を見ないほど、建築とアートがダイナミックに響き合う白井屋ホテルはこうして完成した。
コンクリートの躯体に、 光のアートが巡らされた。
もともと白井屋は前橋の歴史ある旅館で、1970年代にホテルに建て替えられ、2008年に廃業。地域復興のシンボルとして、それを再生したのが白井屋ホテルだ。以前の建物をリノベーションしたヘリテージタワーと、隣接する新築のグリーンタワーの2棟からなる。まずヘリテージタワーのロビーで、巨大な吹き抜けに圧倒される。
「4階建ての旧ホテルの中心部をくりぬき、天窓を開け光が降るようにしました。客室数が大幅に減っても、建物が生まれ変わるにはこれくらいの大胆さが必要でした」と藤本は説明する。コンクリートの躯体に絡むように光るオブジェはレアンドロ・エルリッヒの作品『ライティング・パイプ』。新設した白い廊下や階段からも、建築とアートのスペクタクルを体感できる。
エルリッヒの作品はじめ、ホテルは数々のアートで彩られた。大御所のローレンス・ウィナーや杉本博司の作品、群馬在住の現代作家によるサイトスペシフィックなアート、そしてジャスパー・モリソンらデザイン界の俊英がデザインした部屋まで、その顔ぶれはきわめて多彩。人選の大半は、田中が自ら決めていったという。
「開業直前にギャラリーを巡って選んだアートも多いです。世界観をあえて統一せず、いろんなエネルギーが詰まった場所にしたかった。多くの作家が前橋の街づくりに共感し、協力してくれました」と田中。藤本の建築は、そのエネルギーを寛容に受け入れ、訪れた人々に伝える役目を果たす。
「ファサードをどうしようかと悩んでいたら、ローレンス・ウィナーのアートにしようと提案されたんです。建物の昔の顔を残しながら、いいギャップが生まれました。またジャスパー・モリソンの部屋は、四角い木の空間と最低限の家具でこんなことができるんだと感動しました」と藤本は話す。
「ホテルのことだけを考えるのではなく、地域に価値をつくるためにも、ベストのA案、少し妥協したB案、コスト重視のC案があれば、いつもA案を選んできました」と田中が語るように、ここはひとつの究極を志向したホテル。ただし5つ星を頂点とする業界の基準からは完全に自由だ。未知のホテル体験に心が満たされる、ここにしかない愉楽を味わいたい。
※Pen2021年2/15号「物語のあるホテルへ。」特集よりPen編集部が再編集した記事です。
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白井屋ホテル
群馬県前橋市本町2-2-15
TEL:027-231-4618
全25室 ヘリテージタワー スーペリアルーム¥30,250(税・サービス料込)〜、グリーンタワー スーペリアルーム¥33,880(税・サービス料込)〜
アクセス:JR前橋駅から徒歩約15分
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