時代と世代を超えて愛される大滝サウンド。さまざまな分野で活躍するクリエイター10名が最愛の3曲を厳選し、惹かれる理由と想い出を語ってくれた。
ナイーブさを感じる、音と詞の世界に浸りたい。
ソロとしてのファースト・アルバム『大滝詠一』を通して、彼の音楽と出合った綿矢りさ。ある時、レンタルショップで借りたアルバムに収録されていた「それはぼくぢゃないよ」を聴いて、すごく好きになったという。
「大滝さんの曲に漂う傷つきやすそうなナイーブさが入り交じった雰囲気が心地よくて惹かれます。仕事中にBGMとして聴くのですが、気づいたら仕事を放り出して、歌詞カードを見ながら聴いて、曲の世界に浸っています」
耳から取り込まれた音の波は、やがて意識を優しく包み込みながら、頭の中に広がる別の世界へと誘う。だから、大滝詠一が紡ぐ音楽を聴きたくなる時が、誰にだってあるのだ。
「疲れている時、あと、現実とは違う場所へ行きたい時に聴くと、自然とリラックスすることができるんです」
2017年に発表された綿矢の著書『私をくいとめて』には大滝の曲が印象的に登場する。本作の主人公は、おひとりさまの暮らしに慣れた32歳の黒田みつ子。脳内にいる相談役「A」と会話すること以外は、いたって普通。イタリアに向かう空飛ぶ鉄の塊という、非日常空間に身を置く自分を落ち着かせるため、「A」に促されて『ロング・バケイション』を聴く。「我が心のピンボール」に始まり「カナリア諸島にて」「君は天然色」とシャッフル再生を想像させる曲順は、動揺するみつ子の心情を表しているようで面白い。
「このアルバムを聴いていると、行ったこともない理想の楽園について強烈に書きたくなります」
綿矢の言葉を聞けば、物語の中に歌詞を綴った理由も納得。そして、そんな美しい曲が、彼女のベストソングの上位を占める。1位は、作中で「溶けた熱いバターで、うすくひきのばした夏が、コルクの蓋のガラス瓶に永遠に閉じ込めてあるような音楽」と表現した「カナリア諸島にて」である。
「南国の楽園の時が止まったようなリラックスタイムの雰囲気を味わうことができます。この歌の世界へ呼ばれる、体感型の曲」。続く「君は天然色」はまさに「搾りたての初夏、青春そのものの鮮やかな音色」を奏でる名曲。『私をくいとめて』が昨年映画化された際、劇中歌として新たに5.1chサラウンドにミックスされた。約40分のアルバムは「もっと聴きたいと思っているうちにすぐ終わってしまう。何度聴いても指の間からキラキラすり抜けていって、耳が追いかけ続けるんです」
まぶしいほどに爽やかな2曲に対して、愛する人とのこれからを思い描く大人の1曲を最後に挙げた。「『幸せな結末』は、ゆったりと優しい、熟成した色気を感じます」
ポップスの到達点である「幸せな結末」は、100年後も愛される。
「なによりもそのカルト的な音楽へのこだわりと、その向こうに見え隠れする少しの正直さ」。大滝作品の魅力をそう表現するのは、オカモトコウキ。自らもミュージシャンであるからこそ、畏敬の念をもって楽曲を語る。
「1位に挙げた『幸せな結末』は完璧な一曲。サウンドも歌詞も時代を超越しているので、100年後の人が聴いてもいい曲だと感じるはず。自分が音楽をつくる時は『名曲の定義は聴く人と時代によってころころ変わるからね~』なんて、出来上がった曲の完成度に対してたまに言い訳したくなりますが、この曲を聴くと、本当にスミマセン! という気持ちになります」
また直球な名曲と合わせ、変化球的ソングでも大滝の懐の深さを知ったとか。「『幸せな結末』がメロディアスなポップソングの到達点ならば、演奏面で魅了する『びんぼう』も名曲。離れ芸のような鈴木茂さんのギターに、ジェームズ・ブラウン顔負けのファンキーな歌唱。これが日本で1972年にリリースされた音源なんだから参ります。曲づくり中にもっと完璧さを目指す時は『ロング・バケイション』や『イーチ・タイム』を、遊び心を入れたい時は『ナイアガラ・カレンダー ’78』を聴き直します」
アメリカン・ポップスと日本語詞の融合が、別次元への扉を開く。
はっぴいえんどやシュガー・ベイブを聴いて大滝詠一の存在を知ったという水原佑果は、大滝のことを “ワン・アンド・オンリーなソウルミュージシャン”と評する。その理由は──。
「アメリカン・ポップスやロックをカッコよく取り入れながら、日本語の歌詞をリズミカルに使い、ユーモアのあふれた世界観を表現しているところに惹かれます。楽曲を聴くたびに、さまざまな魅力が浮かび上がってくるんです」
そんな奥行きのある音楽の世界にひとたび触れると、ここではない、また別の時間と空間に連れていかれる。水原が挙げるマイベストを聴いて、それこそが大きな魅力なのだと気づく。
「印象的なリズムにボイス・パーカッションが乗る『指切り』は、グルーヴィーでクール!『 朝寝坊』は、とてもかわいらしい歌詞の表現。そして口笛の音やメロディーで、何度聴いても夢心地な気分になって気持ちいい♪ この楽曲を作詞した大滝さんはもしかしたら夢の世界が好きなのかな?と思ってしまいます」
また、『ロング・バケイション』は大滝作品で最初にゲットした想い出深いアルバム。「ビーチ・ボーイズの香りが漂う『FUN×4』は常にハッピーな気分にさせてくれます」
『ナイアガラ・ムーン』収録曲が、僕の音楽のルーツです。
自身の音楽的嗜好の基盤が『ナイアガラ・ムーン』に詰まっていると語る光石研。時は、唯一無二の俳優への出発点となる19歳に遡る。
「このアルバムは、俳優になる決意をして上京した1980年頃にLPで買いました。10代後半からクールス、山下達郎、シャネルズのファンになり、ドゥーワップ、R&B、ソウル、そしてファンクに移り変わっていきました。なので、収録している『福生ストラット(パートⅡ)』→『シャックリ・ママさん』→『楽しい夜更し』→『いつも夢中』→『Cider ’73 ’74 ’75』の一連の並びは、まさに僕の音楽ルーツそのもの。大滝さんを知ったきっかけは、シャネルズがアルバム『レッツ・オンド・アゲン』に参加していたから、自然の流れですね。夏休みに地元の九州・八幡のやきとり屋で稼いだバイト代で手に入れたレコードプレーヤーにのせ、将来を夢見て移り住んだ四畳半の下宿でヘビロテしていました」
それから約40年が経ち、夢は現実に。想い出の曲たちは酒のおともとなった。
「音楽を聴くシチュエーションでいちばん多いのは自宅でお酒を飲む夜の時間。聴きたくなる曲はその時々で違うのですが、和モノの周期がありまして、その時、大滝さんは外せません!」
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音楽制作の原動力は、大滝さんの名曲を超えたいという気持ち。
大滝詠一の楽曲が日本の音楽史を変えた1970年代から80年代、時を同じくして、カジヒデキもまた多大な影響を受けたという。
「大滝さんの曲を通して、邦楽洋楽のさまざまな音楽を知り、60年代のポップスやロック、ドゥーワップなどが好きになりました。同時に、アルバムのアートワークや松本隆さんも参加している歌詞から、当時のアメリカのライフスタイルやポップアートに強い興味をもちました」
その時のインパクトは、のちの自身の活動につながるかけがえのない原動力になったよう。
「『Blue Valentine's Day』は、『ロング・バケイション』という巨大な金字塔につながるプロトタイプ的な曲のひとつ。こういう切なくて雰囲気のある曲がつくりたくてできた曲が、僕のデビューアルバムに収録した『ブルー』。そして『君は天然色』というエポックメイキングな曲が、80年代以降の時代をビビッドに色づかせ、『FUN×4』の遊び心にあふれたアメリカン・ポップスやアメリカン・グラフィティ的な歌詞で、お洒落の最先端を表現したと思います。特に『ロング・バケイション』は、常に自分にとっての指標。このアルバムを超えたいという気持ちで音楽制作をしてきた感じがします」
※「横山剣、かせきさいだぁ、大和田俊之らが選ぶ、大滝楽曲のMY BEST 3(後編)」は、3月28日(日)の12時に公開を予定しています。