【プロが薦めるいま読むべき3冊】映画評論家・町山智浩が選んだ〈アメリカ〉の本

  • 写真:岡村昌宏(crossover) 文:岩崎香央理
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右:『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』J・D・ヴァンス 著 関根光宏、山田 文 訳 光文社 2017年 ¥1,980 アパラチア山脈の貧困層として生まれ、ラストベルトで育った著者が、海兵隊を経てイェール大学で学び、エリートとなるまでの半生記。薬物依存と家庭内暴力が連鎖するヒルビリーの悲観的な心情が描かれる。
中:『世界で最も危険な男 「トランプ家の暗部」を姪が告発』メアリー・トランプ 著 草野 香、菊池由美、内藤典子、森沢くみ子、芝 瑞紀、酒井章文 訳 小学館 2020年 ¥2,420 ドナルド・トランプの兄の娘が、傍若無人な祖父やドナルドの危険な逸話など、一族の暗い過去を暴露。大統領の弟が出版差し止め訴訟を起こすも全米190万部のベストセラーとなり、大統領選に一石を投じる。
左:『ノマド 漂流する高齢労働者たち』ジェシカ・ブルーダー 著 鈴木素子 訳 春秋社 2018年 ¥2,640 過酷な季節労働に従事し、キャンピングカーで放浪する高齢者たちを追ったドキュメンタリー。本作を基にした映画『ノマドランド』は2020年、べネツィア国際映画祭とトロント国際映画祭で最高賞を受賞した。

Pen2020年11/1号「心に響く本」特集よりPen編集部が再編集した記事です。

いよいよ11月3日に投開票が行われる米大統領選。格差と分断が進み、経済危機に直面するアメリカ国民は、トランプ政権の4年間にどう評価を下すのか。カリフォルニア在住の映画評論家・町山智浩が選ぶのは、トランプ大統領を生んだアメリカのいまを知る3冊。再選の行方を左右する白人貧困層の実態と、彼らが祭り上げたモンスター、ドナルド・トランプの知られざる姿を描いたノンフィクションだ。

4年前、選挙の激戦州である中西部のラストベルト(錆びついた工業地帯)で、トランプ支持に回ったのが白人労働者層。彼らの中には「ヒルビリー(田舎者)」と呼ばれる人々がいて、その多くが何世代も前からの貧困に苛まれている。その境遇から運よく抜け出し、成功を収めた著者が、彼らの抱える歴史的苦悩を赤裸々に綴ったのが、『ヒルビリー・エレジー』だ。

「彼らについて論じられたことはこれまでほとんどなかった」と、町山は言う。アパラチア山脈とラストベルトの一部に定住するスコットランド系アイルランド移民のヒルビリーは、進学率の低さが示すように、書物を残すなど“語る”機会をもち得なかった。

「アメリカの白人というとイギリス系の富裕層をイメージしがちだけど、それは一部。ヒルビリーは忘れられた白人として、歴史の中で屈辱とともに生きてきた。彼ら自身の言葉で、その絶望が語られたのがこの本です」

彼らはトランプ再選のカギを握る。経済が崩壊したラストベルトは選挙の時にしか注目されない地域だが、人口が多いため票田となっているのだ。

「この本に書かれた白人労働者層の怒りとシニシズム(冷笑主義)は本当に根深い。社会でないがしろにされてきたからこそ、乱暴な言葉遣いで憎悪をアピールしたトランプは、彼らにとって絶好の候補者だったんです」

GDPの伸び率は低下し、不動産価格の高騰が続くアメリカ。かつて中間層であった人々が貧困に陥り、家を手放してキャンピングカーで暮らし、仕事を求めて漂流しているという。そんな「ワーキャンパー」と呼ばれる高齢労働者たちのルポが『ノマド』だ。

「彼らは老後の蓄えがなく、家を失い、春から夏にかけてはキャンプ場の清掃や整備を、秋以降はアマゾンの物流倉庫で期間労働に従事します。老後は孫とのんびり暮らす、といった人生設計が完全に破壊されてしまった、この国の哀しい現状が見えてきます」

キャンプ場の危険作業で身体を壊し、底冷えのする巨大倉庫を休む間もなく歩き続ける高齢労働者の実態。それでも、ノマドたちはささやかな希望を捨てない。「お金を貯めて、いつかどこかに家を買うという夢を思い描いているんです。ぞっとするような現実の中にも、どこか明るさが漂う。そうじゃないと生きていけないから」

そして今年。満を持して出版され、再選を目指すトランプが激怒したというのが、姪のメアリー・トランプによる告発本『世界で最も危険な男』だ。

「心理学者の著者が叔父のドナルドを分析するという内容。原題には“トランプ一家はいかにして世界で最も危険な男をつくり出してしまったのか”とある。ドナルドの父がどれほどひどい男だったかということが書かれています」

不動産王の父・フレッドは、アメリカ人が好むところの、貧乏のどん底からはい上がって大富豪になった男だ。

「『俺はこれだけできたのになぜお前らはできないのか』と息子たちにも強要した。トランプ大統領は“負け犬”という言葉をやたらと使うけど、それは父の口癖だったんです。『世の中には成功者と負け犬しかいない、勝つしかない。そして、絶対に謝るな、謝る奴は負け犬だ』と。この本を読むと、トランプがああなったのは完全に父親の洗脳で、ある種の被害者とも思えます」

立身出世と競争の社会で移民が築き上げ、勝たなければという強迫観念に取り憑かれた国。その権化がトランプであり、負けていったのがノマドやヒルビリーだと、町山は語る。

「社会に捨てられた白人貧困層の怒りを、成功者だが精神的に虐げられて育ったトランプが受け止めたのが前回の選挙。恨みを溜め込んできたという点で、両者の間に差はない。ラストベルトの人たちは選挙の時しか力をもたないため、4年に一度、投票で復讐する。それが過激な選択となるんです」

彼らの復讐の結果が、アメリカの今後を示唆しているのだ。

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町山智浩●1962年、東京都生まれ。宝島社を経て、洋泉社で『映画秘宝』を創刊。97年に退社し映画評論家となる。人気連載をまとめた新刊『トランピストはマスクをしない』(文藝春秋)が発売中。

Pen2020年11/1号「心に響く本」特集よりPen編集部が再編集した記事です。