40年の時を越えていまも愛され続けるシティポップの名盤である大滝詠一の『ロング・バケイション』。あの有名なジャケットのアートワークはどのように生まれたのか? イラストを手がけた永井博のアトリエに潜入し、当時を振り返りながら名デザイン誕生の裏側を永井本人が明かした。
大滝詠一の『ロング・バケイション』といえば、サウンドとともに誰もが思い浮かべるのがあの印象的なアルバムジャケットだろう。誰もいないプール、白いパラソル、そして視界の彼方には水平線と青空。この作品をはじめ、大滝の代名詞でもある一連のイラストを手がけたのが、永井博だ。
アルバムの誕生に先駆けて、 大滝詠一とのコラボがあった。
1970年代末、永井と大滝はあるイラストブックを共作するため出会う。「話をもらったのは仕事がちょうど忙しくなってきた頃で、文章を誰かに頼むことになり、出版社から大滝さんを紹介されたんです。彼の文章はだいたいが洋楽の歌詞の一節でした」
79年に発表されたふたりの共著『アロング バケイション』は、リッキー・ネルソンの曲からタイトルを引用。さらに本の表紙のイラストと同じタイトルを使い、81年に完成したのがアルバム『ロング・バケイション』だった。
「実はジャケットの作品は、以前にワインメーカーのために描いたものです。本をつくる時も特に大滝さんからリクエストはありませんでした。アルバム制作準備のための合宿に、彼はあの本を持って行ったそう。音楽と絵が合っているのはそのためでしょうね」
ブラック・ミュージックの熱心な愛好家である永井は、当時あまり日本の音楽を聴いていなかった。しかし『ロンバケ』には心が動いた。
「音に深みがあり、チープさがない。邦楽は日本語が聞こえすぎることもあるけど、それがなくて、音と松本隆さんの歌詞との組み合わせがいい」
『ロンバケ』以外にも大滝作品を彩った永井の作風は、現在まで一貫している。南国の風景をおもなモチーフにしながらも、独特の洗練とモダンさがあり、不思議な情緒がある。絵のタッチはコンピューター・グラフィックスを思わせるが、すべて自身の手でキャンバスにアクリル絵の具で描いている。
「イラストレーションを始めた70年代から、ミッドセンチュリーの建築や家具がすごく好きで、洋書をたくさん買って見ていたんです。当時のリチャード・ノイトラの建築をアレンジして、絵に取り入れた作品もあります。僕の絵はフィフティーズぽいって言われることもあるけれど、いわゆるフィフティーズではない。ちょっと中途半端な時代感に惹かれるんです」
「僕の絵を見たアメリカ人が『懐かしい』って言うんです」
題材にする風景は、70年代に訪れたグアムからのインスピレーションが大きいそうだ。またそれ以前にイラストレーターの仲間たちと、アメリカを40日間にわたり旅したこともあった。そんな体験のエッセンスが、描かれる世界を生き生きと輝かせている。
「僕の絵を見たアメリカ人が『懐かしい』って言うんです。インスタグラムのフォロワーも外国人が多く、先日はオーストラリアで個展がありました」
近年の世界的なシティポップ再評価の流れの中で、国内外の若いミュージシャンから永井の絵を使いたいという依頼も増えている。
「いまの若い描き手はセンスがいい上に、うまくデジタルも使うから、自分が生き残っているのは不思議(笑)。でも僕の絵を使って音楽が売れるなら、もちろん協力しますよ」