このところアイヌ文化への関心が、かつてないほどに高まりを見せている。2019年4月、史上初めてアイヌを「先住民族」と規定した、いわゆる「アイヌ新法」が国会で成立。これに続き2020年7月には、アイヌ文化が古くから根付く北海道白老町に、民族共生象徴空間「ウポポイ」が開設された。国立アイヌ民族博物館、国立民族共生公園、慰霊施設などからなり、アイヌ文化の復興・創造・発展の拠点としての役割を担う。このほかアイヌの伝統歌ボーカルグループやアイヌの木彫工芸などへの注目度も上昇している。
「かつてアイヌを取り上げると政治が絡んできたり、差別的だと抗議を受けたりするのではという恐怖心があった。その敷居が低くなってきている。この流れを決定づけたのは、人気漫画『ゴールデンカムイ』だと思います」
こう指摘するのは、アイヌ語・アイヌ文化研究の第一人者、中川裕だ。
『週刊ヤングジャンプ』(集英社)で14年に連載がスタートした野田サトルによる『ゴールデンカムイ』。舞台は明治末期の北海道・樺太。日露戦争の帰還兵、杉元佐一を主人公に、アイヌの埋蔵金をめぐってサバイバルバトルが繰り広げられる。杉元をサポートするアイヌの娘アシリパや、実は生きていたという設定の新撰組副長の土方歳三など、登場人物も興味を引く。コミックスも23巻を数え、総発行部数は1300万部を突破。18年には手塚治虫文化賞でマンガ大賞を受賞、アニメ化も果たした。中川はこの作品のアイヌ語監修にも携わっている。
「第1稿を見た時、直感的にこれはいけると思いました。ヒロインであるアシリパの狩人としての出で立ちの正確な描写を見て、綿密な取材を重ね、情報を集めて描かれていることがわかりました。明治末期のアイヌ社会を真っ向から漫画の中に取り込んだ、初の高度なエンターテインメント作品と言ってよいのではないでしょうか」
アイヌ文化に改めてスポットが当たるいま、理解を深めるために読むべき作品として、アイヌ自身が書いた書籍から、一般の人が理解しやすく、かつ手に入りやすい3冊を紹介してもらった。まずは『アイヌ神謡集』。
「20世紀の初めに、アイヌ自身がアイヌ語で書いた初めての本。著者の知里幸惠さんは、旭川の女学校でトップクラスの成績でしたが、校内唯一のアイヌだったため、疎外される状況も経験したようです。19歳で夭折したので、この作品は18歳ぐらいに書かれたもの。13編の『神謡』と呼ばれるアイヌの物語が、アイヌ語と日本語の原文対訳形式で紹介されています。日本語で書かれた序文は、洗練された美しい文章で有名です。また第1話の『銀の滴降る降るまわりに』という神謡は、アイヌ文学を代表する作品として、これまで繰り返し取り上げられています」
次に萱野茂著『アイヌ歳時記』は、入門書として最適な一冊だという。
「萱野さんはアイヌ初の国会議員であり、政治活動も含めてアイヌ文化を積極的に残す活動に取り組んだ人物。かつてのアイヌがどのような生活文化の中に生きてきたかを、自身の体験に基づいて紹介しています。文章も読みやすく、教科書にしてもいい作品です」
瀧口夕美著『民族衣装を着なかったアイヌ』は、アイヌコタンと呼ばれる村に生まれ育ち、本州で編集者として活動する著者によるルポルタージュ。
「自分の母親やサハリンの少数民族ウイルタの人々にもインタビューを行い、“アイヌであること”の意味を自ら探求しようと試みた一冊。観念に基づく単純化された議論ではつかむことのできない、現在進行形の生のアイヌの声を聞くことができる良書です」
中川がアイヌ語研究のため通い始めた約40年前の北海道では、「アイヌ」という言葉を公の場で口にするのが憚られるような雰囲気があったという。
「ウタリ(仲間)という言葉や、民族の人という間接的な表現を使っていました。それが、アイヌという言葉をここまで使える時代になったのは特筆すべきこと。いま、アイヌ文化への関心は上げ潮に乗ってきていますが、これを元に戻してはいけない。アイヌの中からさまざまな人材が登場し、より世界にアピールできる展開や、マジョリティである“和人”側の意識を、もっと変えていく働きかけも重要でしょう」
※Pen2020年11/1号「心に響く本」特集よりPen編集部が再編集した記事です。