幼少期より美術に心惹かれ、茶道具はもちろんのこと、国内外の骨董から現代アートまで精通する気鋭の茶人、木村宗慎。彼が選んだのは、フランス人美術史家による日本の美術館ガイド、現代美術家と美術批評家が絵画表現の本質に迫る対談、そして、戦前に発刊されたプロパガンダのためのグラフ誌。一見バラバラのようにも思える3冊だが、そこにはいくつかの共通項があった。
「そもそも“本”そのものもアート。まずは手にとって見て楽しめる本でありながら、アートを考えるうえで入門書の役割を果たすような本を選びました」と語る木村。さらに、今回の選書で大事なポイントになっているのが、外国人が日本の美術をどう見ているのか、日本人が自国の価値観や美意識を海外に向けてどう表現しようとしたのかといった、“他者の目線”だという。
「アートはそれぞれの時代や地域で育まれてきた人の営みの最たるもの。衣食住の先にあるものだから、パーソナルな意味で作品と自分の関係性が大事になる。その関係性を他者はどう受け止めているかを知ることは、時差や距離を超えて世界とつながっていくいまの時代、自分の国や地域ではないこととの関係性においてどうものを見ればいいかを考えるきっかけになる」
まず、日本人が気づかない視点から、日本の美術館や作品の魅力を語った良書として挙げたのが『フランス人がときめいた日本の美術館』。フランス人の美術史家である著者が、日本美術への深い愛情と綿密に重ねた取材で、日本各地のバラエティに富む57館を紹介する。
「固定概念のない外国人の目線で書かれていて、我々日本人なら当然のこととして気づかなかったところが、実は大切なことだったんだという新しい視座を与えてくれる一冊。なによりこの本を読むと美術館に行きたくなる。いつでも行けると思っていた美術館が急に閉まったり、予約制になったり。アフターコロナのいまだから、余計に心に響くのではないでしょうか」
次に、『絵画の歴史 洞窟壁画からiPadまで』は、一冊を通して、現代美術の巨匠ディヴィッド・ホックニーと美術批評家マーティン・ゲイフォードの対談に終始している点がユニークだ。
「アートとの向き合い方は、究極のところ独善的でいい。“好き”か“嫌い”かしかないんだけど、なんとなくではなく、なんで好きなのか、なんで嫌いなのか。その理由を考えるだけで、一気に深くなる。そこを考えるヒントがこの本にはある。アートを生業とするふたりが、歴史上の表現について一人称で自分の責任で語っているのが非常に面白い」
太古から現代までの多彩な絵画作品が網羅され、ディズニーアニメと広重、モナ・リザとハリウッド女優といったジャンルや時代を超えた比較も独特だ。
「海外のアーティストが絵をどのように捉えているか、西洋の絵画が現地ではどのように受け止められているかを知ることができる本でもあります」
そして、逆の視点から選ばれたのが1934年に創刊されたグラフ誌『NIPPON』。“報道写真とデザインの父”と称される名取洋之助によって、海外に日本を紹介する目的でつくられた。
「戦争に向かう負の時代において、海外に日本の理や美を切実に訴えようとした、写真家やデザイナーの真心がいっぱい込められた良本。誰かに理解してもらう時、ポジティブに受け止めてもらうにはビジュアルが大切。この本には当時の日本で考えられる最高の叡智やセンスが詰まっています」
本は、知識や経験、教養を莫大に尽くし、さまざまなコストをかけた末に完成するもの、という木村。アートに触れる上で、本はとても重要と話す。
「『先入観なく見なさい』とよく言うけど、なにも知らずに見るということではなく、いったん入れた予備知識は捨て去って、素直な目で見なさいということ。関係性をつくる準備として本に触れることで、作品に出合う時により密度を濃く、実りを豊かにしてくれる。本を読むのは知的な旅をするようなものだから、その経験が実際に身体を使って旅をする時のタシになるはずです」
木村は本屋へ足を運ぶことで出合う本も多いという。特に読者に薦めたいのが、古書店に通うことだ。
「デバイスで調べたいことに即座にアクセスできて便利な一方で、“寄り道”や“余白”の喜びを失っているという側面も。美術館を訪れるつもりで古書店に行けば、思いがけない出合いや新しい発見が待っています」
※Pen2020年11/1号「心に響く本」特集よりPen編集部が再編集した記事です。