スイスで行われる時計イベントが軒並み中止になるなど、コロナ禍でトレンドが掴みにくかった2020年。腕時計と文具の各専門家が今年の傾向を解説する。
<腕時計編> 解説者は腕時計ジャーナリストの篠田哲生さん。
1.復刻
過去の傑作モデルを復刻する手法は、もはやトレンドとは言えないが、近年は“復刻の質”が高まっている。実は多くのスイスブランドでは過去の金型や設計を廃棄してしまったため、当時の形状を完璧に再現するのが困難だった。そこで登場したのがデジタルスキャン技術。オリジナルモデルをスキャンしてデータ化することで、より当時の姿に近づけられるようになった。そしてその技術はムーブメントにも取り入れられるようになり、さらに精度の高い復刻モデルがつくられるようになった。
2.グリーングラデーション
腕時計のアクセサリー化が進んだことで、見栄えのよいカラーダイヤルが増えているが、それはいまに始まったことではない。実は機械式の終焉とクオーツ式の勃興という腕時計の混迷期だった1970年代にも同様に、ダイヤルのカラー化が進んだことがあった。今年はグリーン×グラデ―ションのモデルが目立ったが、これはまさに70年代風のスタイルを取り入れたもの。昨今のファッショントレンドとも相性がよく、レトロな雰囲気を楽しめる。色の美しさだけでなく、歴史ごと味わうのが正解だ。
3.ハイテク
これまでのハイテクウォッチは、衛星電波時計やスマートフォン連動など、高精度&多機能のために技術を磨いてきた。しかし今年のハイテクウォッチは、腕時計そのものを楽しむ情緒的な要素のために、静電誘導発電(アキュトロン)やOLED=有機EL(ハミルトン)といった新技術を駆使している。奇しくも2本は、どちらも歴史的ハイテクウォッチを現代的に進化させたもので、技術革新をさらに意味あるものにしている。ウンチクを語りたくなる腕時計だ。
4.チェンジャブルストラップ
腕時計を自己主張のアイテムと考えるなら、服を着替えるようにTPOに合わせて使い分けたい。複数の腕時計を所有するのも正しい選択だが、簡単にストラップやブレスレットを交換できる「インターチェンジャブル」システムを採用したモデルであれば、1本の腕時計を多彩に使い分けできる。以前はレザーストラップを交換するのが主流だったが、今年はメタルブレスも交換できるタイプが増えている。いかに交換の手間を簡略化し、バリエーションを増やせるか。各社しのぎを削る成長分野だ。
5.ラグジュアリースポーツ
次々と誕生する超高級SUV車が示すように、ラグジュアリーなモノを日常使いするのが昨今のスタイル。腕時計の場合は、力強いケースと美しいディテールをもった「ラグジュアリースポーツウォッチ」がそれにあたる。もともとは1970年代に始まったジャンルだが、高級時計市場に新興富裕層や若者が入ってきた結果、ここ数年で一気に拡大。これまでエレガントな腕時計しかつくらなかったブランドまで巻き込み、さらなる盛り上がりを見せている。新しい働き方が推進される中で、この傾向は強まるだろう。
解説者:篠田哲生/腕時計ジャーナリスト。1975年、千葉県生まれ。男性情報誌を経て独立。雑誌、新聞、ウェブなど、幅広い媒体で時計記事を担当。時計学校にも通った実践派。12月に『30過ぎたら男の時計選びは教養だ』(光文社)を上梓予定。
<文具編> 解説者は『趣味の文具箱』の清水茂樹編集長。
1.ミニサイズ
モバイルアイテムの小型化に対応するように、文具の世界でもダウンサイジングが進んでいる。「小さくて、素材にこだわった高級感のある文具が増えています。腕時計が持ち主の個性を強く主張するように、ペンを持つ手の佇まいも、人柄や知性を表してくれる。日頃から携帯し、どこでも使えるミニサイズだからこそ、品質や性能にこだわる人が増えています。革製品や紙製品なら、システム手帳のジャンルでマイクロ5やミニ5と呼ばれる最小サイズがとても盛り上がっています」と清水編集長。
2.ローズゴールド
美しい文具をもつことは日々の喜びにつながるが、SNSで気軽に発信できる時代は、“魅せる文具”という需要も高まっている。「ローズゴールドは女性だけでなく、男性にも似合う煌びやかで高級感のある色です。アクセサリーのような感覚で、この色を選ぶ人が多いですね。本来『かわいい』という言葉には『愛おしい』という意味の他に、『小さくて美しい』という意味もありますから」。写真映えする華やかさをもちながら、ジュエリーのような品のよさも兼ね備えたローズゴールド。人気はこれからも続きそうだ。
3.ダークグリーン
「ここ数年でカラーバリエーションが一気に増え、選択肢がすごく広がりました」と清水編集長が言うように、ファッションや家電と同様に、文具にも多色化の波が押し寄せている。「以前は手帳などの革製品は黒や茶、ネイビーが主流でしたが、いまはグリーンから売れていきます。『ミドラー』と呼ばれる愛好家も多く、革やインクなどを同じ緑で揃えて楽しんでいます」。リラックス効果が高く、品のある落ち着いたグリーンが、日々の不安や仕事の疲れを抱えた大人にウケているのかも。
4.台湾ブランド
最近の台湾ブランドの躍進には目を見張るものがある。「中西部にある彰化(ジャンホワ)には、高い技術をもった金属加工の工場がたくさんあります。今後はこの工業地帯から台湾ブランドを発信して、世界的に盛り上げていくそう。加工技術の精度も高く、品質のよさに対する手頃な価格も魅力のひとつです。台湾ブランドの勢いは、世界的に広がっていくでしょう。国内メーカーもフレキシブルな発想でどんどんチャレンジしてほしいですね」。歴史や伝統に頼らない斬新なデザインや画期的な発想から生まれる製品も人気の秘訣だ。
5.シーン&シマーリングインク
国内はもちろん世界的にインクが盛り上がっている。「インクは文字を書くものなので色が濃くないといけないのですが、独創的でカラフルな色が増えたこともあり、遊び道具として広がっています。淡いパステル色は画材として使う人も。さらに蛍光色、キラキラの微粒子入りシマーリングインク、光の加減で光るフラッシュインクや匂い付きインクも。いまでは2000色以上もあり、世界中のメーカーがこぞって生産しています」。書くことの楽しさが見直され、万年筆を使う人が増えたことで、インクにもさらなる注目が集まる。
解説者:清水茂樹/『趣味の文具箱』編集長。1965年、福島県生まれ。2004年に雑誌『趣味の文具箱』(年4回発行)を立ち上げ、文具の魅力や新たな楽しみ方を発信する。10 月号(Vol.55)が発売中、1月号(Vol.56)は12月15日発売予定。日本文具大賞の審査員も務めている。
こちらは2020年11月16日(月)発売のPen「腕時計と文具。」特集よりPen編集部が再編集した記事です。
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