半世紀以上の歴史があるビッグブランドと比べるなら、1990年代に誕生したデザイナーブランド、アレキサンダー・マックイーンをよく知る人は日本ではまだ限られるかもしれない。しかし海外では状況が大きく異なる。2011年にニューヨークのメトロポリタン美術館で開催された回顧展は、約66万人もの総入場者数を獲得。当時の同館の歴代1位となる大記録を打ち立てた。15年に同名デザイナーの故郷であるイギリスのヴィクトリア&アルバート博物館で凱旋展示された際にも、約49万人の総入場者数で同館の歴代記録1位に輝いた。世界においてマックイーンは、ファッションデザイナーの枠を越えた芸術的クリエイターと認知されているのだ。
その彼が若くして亡くなったのは2010年のこと。パワフルな前衛と伝統的なテーラリングとが拮抗するシグネチャーブランドを受け継いだのが、同ブランド内で活躍していたサラ・バートン(以下、サラ)だ。彼女がクリエイティブ・ディレクターに就任したばかりの11年に、早くもビッグプロジェクトが舞い込んだ。イギリス王室キャサリン妃のウエディングドレスのデザインである。国を挙げてサラの実力の確かさを世界に示す出来事となった。
その彼女が率いる現在のアレキサンダー・マックイーンを体現する空間として、19年にロンドンに新たな旗艦店が誕生した。サラが細部に至るまで徹底的に監修した創造的な店である。そして翌20年9月に、この店がいよいよ日本にも上陸。コロナ禍の中でリモートワークも駆使し、ロンドンと同様に彼女が素材選びから内装までディレクションした深い奥行きの店に仕上がっている。
横幅の狭いエントランスから一歩中に踏み出すと、足元の短い階段が木材であると気づく。足裏が感じる風合いが柔らかく心地いいのだ。さらに奥に進むと、高い天井の空間がブワッと広がり異空間に包まれる。床も天井も棚も、温もりのある木材が緻密に組み合わされている。ランダムな積層が、音楽のごとくリズミカルな鼓動を生み出す。
その木材と対を成すのが、不思議な凹凸のある白い壁や天井だ。プチプチの緩衝材で型抜きしたローテクな彫刻が、一面に広がっている。素材は新コンセプトのために開発された新しいもの。木材と白があたかも海の砂と波のバランスのように交差して、空間全体に曲線と直線を描く。このダイナミズムと手仕事の味わいは、まさしくアレキサンダー・マックイーンのファッションスタイルそのものだ。
さらに空間に迫力を加えているのが、こだわりのインテリアの数々である。
メンズフロアはケヤキ並木ともリンク
最大のインパクトは、床から天井までを貫く巨大な赤い筒だ。1Fのウィメンズフロアから2Fのメンズフロアまで突き抜けたように設置されている。近くに寄ると、それがタペストリー刺繍のカーテンであるとわかる。店のために機械ではなく手で織られた特注品の布が円形になり、ガラスケースで保護されている。これは実は試着室なのだ。中に入ると遊牧民のテントにいるような気分になれる。服を脱ぎ、着替える人の無防備な心をホッとさせる工夫が素晴らしい。
もうひとつこの空間の鍵となるオブジェクトが大理石の塊だ。海原の島に見立てた枯山水の石のごとくランダムに置かれている。石切場から削り出したばかりといった未完成の美学が息づく。ただし塊一つでかなりの重さがあるから、一度置いたらそう簡単には動かせない。施工時には入念に位置が計算され、床材の下ががっしりと補強された。
ソファ、チェア、テーブルなどの家具は北欧のカール・ハンセンのもの。天井から下がった照明はイタリアからの輸入で、施工は日本の業者だ。この店内はチリ人の建築家、スミルハン・ラディックとのコラボレーションによりつくられた。おとぎ話やファンタジーから着想することもあるラディックらしい有機的な作風と、アレキサンダー・マックイーンの相反するものを合わせるという発想とがユニークなハーモニーを奏でている。
ファッションもいまや各ブランドがネットのECショップに大きな力を注ぐ時代になった。その流れが加速する世の中において、足を運び体感する価値のあるアイディアに満ちた実店舗をつくったアレキサンダー・マックイーンとサラに、惜しみない拍手を贈りたい。