スウェーデンの異才ロイ・アンダーソンの『ホモ・サピエンスの涙』が11月20日(金)に公開される。長編デビュー作『スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー』(1970年)で、若干27歳にしてベルリン国際映画祭で脚光を浴びてから50年。これで長編6作目という寡作ではあるが、そのオリジナリティあふれる作風は新作ごとに熱狂をもって迎えられている。
『散歩する惑星』(2000年)ではカンヌ国際映画祭審査員賞、『さよなら、人類』(2014年)では、ベネツィア国際映画祭で金獅子賞(最高賞)を受賞。『ホモ・サピエンスの涙』は、これら“リビング・トリロジー”と呼ばれる人間についての三部作完結の後、新たなる第一歩となる作品である。
「『ホモ・サピエンスの涙』は、ある意味、詩の映画だといえる。脚本を元にストーリーを映像化するのではなく、詩を具現化したかった。スウェーデンという国が統一されてから、現在、そして未来に渡る歴史や人間の存在について、自由に表現しようと思ったんだ」と、監督は語る。
異なる時代、異なる人々の生き様を独特のユーモアをもって垣間見せる33のシーンは、すべてワンシーン・ワンカットで撮影されている。マルク・シャガールやイリヤ・レーピン、オットー・ディックス、ククルイニクスイなど、一見すると関連性のないアーティストの絵画からの直接的な引用も見られる。
「アイデアは、自分の人生からも得ているし、映画や文学作品、絵画のような芸術作品から得ることもあるが、特に絵画は大きな、大きなインスピレーション源。この映画のシーンの多くは、絵画が先にあって作られたものだ。美術館に行って絵画の前に立って眺め、そこからインスピレーションを得る。時間がない時は、画集をめくったりもする。視覚に訴えかけるという意味では、私は絵画を眺めることと映画を観ることは同じだと考えているんだ。シャガールの、都市の上で愛し合うふたりが飛んでいる絵にインスパイアされた。どう説明すればいいかわからないけど……夢と現実の因果関係というか。夢は現実に基づいているともいえるが、夢が現実化することだってあると思う」
ロケはほぼなし、全編を自身の巨大スタジオで撮影。
絵画にインスパイアされているだけでなく、映画のワンシーンも絵画的であることがこの監督の特徴だ。前作『さよなら、人類』がワールドプレミアされたベネツィア国際映画祭で、のちにアカデミー賞作品賞を受賞する『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』を出品していたアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥは、“音速の油絵”と評した。多くのクリエイターを唸らせる“完璧”なビジュアルは、ロケ撮影をせずに、ほとんどをストックホルム中心部にあるアンダーソン自身が所有する巨大な制作スタジオ「Studio24」でセットを組み、撮影された。
「自分のスタジオであればすべてコントロールできるから、私はスタジオ撮影が好きなんだ。ロケでの撮影は、スタジオのようにすべて思い通りにはいかない。映画は、些細なことが作品全体に影響を及ぼす。他の監督のようにロケ撮影を行うのは私には無理だ。もっとも映画を撮り始めた初期は、リアリズム、あるいはイタリアン・ネオリアリスモからインスピレーションを受けた。が、いまはこのジャンルは衰退してしまった」
また、ロイ・アンダーソンの世界観をオリジナルなものにしている大きな要素のひとつは、「色調」である。特に感情にじわりと染み入るブルーグレーを基調とした世界は、不条理な現実を寓話へと昇華させる。
「私もブルーグレーは美しく気に入っている。実際に、カラースキーム(配色)はかなり気を使っている。インパクトのある色とグレーの組み合わせはいい例だ。もちろん、それだけでなく色のコントラストはすべてにこだわっている。この映画において色のコントラストは、言ってみれば、永遠性にもつながっているからね」
33のストーリーには、悲劇もあれば、愛もあり、希望すらあるといえるだろう。けれど、その美しいビジュアルで綴られる詩的なドラマには、ある種の生々しさがあり、戦争の影、あるいは死が内在している。
「よい指摘だね。“生々しさ”に関していえば、“コメント付きの写実主義”と評されたことがあるよ。いずれにしても、戦争というのはイデオロギーに関わらず、誰でも巻き込まれうるものだ。いまのコロナ禍も、見えない敵との闘いといえると思う」
『ホモ・サピエンスの涙』
監督/ロイ・アンダーソン
出演/マーティン・サーネル、イェッシカ・ロウトハンデル
2019年 スウェーデン・ドイツ・ノルウェー合作映画 1時間16分
11月20日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開。
http://www.bitters.co.jp/homosapi/