室内において光は重要な要素だ。いまを生きる私たちは、昼夜を問わず白く明るい光で空間を満たしている。しかしかつて谷崎潤一郎は『陰翳礼讃』に、日本でも光への繊細な感覚と美意識が尊ばれたと書いた。家で過ごす時間が長くなったいまだからこそ、あらためて家に灯る光を考え直してみたい。
全5回に渡って照明器具を紹介するこのシリーズでは、ペンダント、フロア、デスク、テーブル、ポータブルという5つの光に注目し、光とともに豊かな時間を過ごすヒントを届ける。第1回は北欧にゆかりをもつペンダントライトを紹介する。暗く長い冬を快適に過ごすためにデザインされた北欧の明かりは、優しく柔らかな光の心地良さを教えてくれる。
1. 乳白色の手吹きガラスから広がる、柔らかな光とシャープな光。
2. 秋の黄昏時のような光は、最新技術とクラフトの融合から生まれる。
乳白色の手吹きガラスから広がる、柔らかな光とシャープな光。
デンマーク人建築家のヴィルヘルム・ラウリッツェンが、自ら設計したデンマーク国営放送局のためにデザインしたペンダントランプが「VL45 ラジオハウス ペンダント」だ。ふっくらと愛らしいフォルムをもつ柔らかな乳白色のガラスシェードのランプは、ヴィンテージ市場でも人気を集める。2016年、ラウリッツェンとともにオリジナルの照明を製造したルイスポールセンが復刻すると、より広く人気を得るようになった。
ラウリッツェンはデンマークのモダニズムを築いた機能主義建築の先駆者だ。彼は自然光を活かした建物を得意とし、南西向きの大きな窓からの温かい光、北東からのクールな光を組み合わせ、その空間にいる人や家具に美しい陰影を生むように計算していたという。このランプもまた、乳白色のガラスを通じて空間全体を柔らかく照らすソフトな拡散光、そして底部のガラス開口から放たれるシャープな直接光を併せ持つ。室内を柔らかく照らし、手元はしっかりと明るく。時代を超えていつまでも、機能的に暮らしを支える照明だ。
秋の黄昏時のような光は、最新技術とクラフトの融合から生まれる。
緯度の高い北欧は一年を通して太陽が高く昇らず、横から差し込む光が独特の柔らかさと美しい陰影を生み出す。そんな北欧の光を、最新技術と手仕事を組み合わせて表現するのが、照明デザイナーのソフィ・リファーを中心に2017年に設立されたデンマークの照明ブランド、ヌーラだ。
ヌーラが信条とするのは自然への敬意とシンプルな美しさ。その名も光への賞賛を意味するものだという。そんな同社の「ブロシ1」は、北欧の秋の黄昏時を彩る光から着想を得た。この照明のために開発されたLEDディスクのほのかな光を、スウェーデンの工房で作られる手吹きのガラスシェードが柔らかく広げる。最新のLED技術と職人の手仕事を融合して生まれたポエティックな光は、これまでにない洗練された表情をもつ。
ミッドセンチュリーの代名詞は、シックな色合いがいまの気分。
独特の色彩感覚やオーガニックなデザインで、他の北欧デザイナーと一線を画す存在がヴァーナー・パントンだ。1960年代後半に色とりどりのカラーで展開されたパントンの「フラワーポット ペンダント」は、サイケデリックなスタイルのヒッピーカルチャーと結び付き、ベトナム反戦を訴えたフラワーパワー運動のアイコンとなって世界的なヒット作となった。
ミッドセンチュリーデザインの代名詞とも言える照明だが、大小2つの半球が向かい合う大胆なフォルムはいま見てもモダンな印象を与える。下部の小さな半球内で生まれた光が上部の大きな半球にバウンドして下方向へと広がるため、ランプの真下にいても光は眩しすぎず、柔らか。オリジナルはルイスポールセンで製作されたが、現在はデンマークのアンドトラディションが復刻する。シックな色合いを選ぶと、当時とはまた違うシーンをつくり出せそうだ。
規則正しい折り目がつくる、幾何学的な光の彫刻。
デンマークの建築家、P・V・イエンセン・クリントが日本の折り紙に着想を得てつくり始めたランプシェードをいまに届ける、レ・クリント。イエンセンの息子、ターエが会社を設立し、「デンマーク近代家具の父」と称される弟のコーアがデザインを手がけた照明は、いまも多くが名作として愛されている。イエンセンが用いたのは羊皮紙だが、現在は耐久性をもつ特殊なプラスチックペーパーを使って職人が一つひとつ手仕事で折りあげている。
そのアーカイブから、インテリアショップのアクタスが特別に復刻を依頼し、同社のみで限定販売するのが「パイナップル ランプ」だ。名の通り、南国の果実をモチーフにしたランプをデザインしたのはピーター・ビットとオーラ・ムルゴー・ニールセン。かつてフリッツ・ハンセンが販売した名作椅子「AXチェア」をデザインしたことでも知られる彼らは、デンマーク家具を世界に広めるきっかけを担った。規則正しい折り目からあふれる光は、卓上に浮かぶ光の彫刻のよう。ユーモラスでいて、一目でレ・クリントだとわかる唯一無二の魅力をもっている。
街を照らす明かりのように、光が滲み出る7枚のシェード
最後に注目するのが、北欧のもうひとつのデザイン大国、フィンランド生まれの照明だ。同国を代表するデザイナー、イルマリ・タピオヴァーラが、1955年にデザインした唯一の家庭用照明が「マーヤ ペンダント」である。これをスペインの照明ブランド、サンタ&コールが復刻した。
暗くなった路上に窓からあふれる光が差す様子からインスピレーションを得たというタピオヴァーラ。3本の支柱に支えられた金属製の薄型シェードは、内部に半透明のガラス製ディフューザーを収めており、どの角度から見ても光源が直接目に入ることはなく、光が柔らかに拡散される設計になっている。夜の街にこぼれだす家庭の温かな光を、タピオヴァーラはスリットからこぼれだす光に見立てたのだろう。ちなみに「マーヤ」の名は、ワルデマル・ボンゼルスが1912年に発表した児童文学作品『みつばちマーヤの冒険』に由来する。