見過ごしがちなジェンダー問題、「男性の生きづらさ」を考える。

  • イラスト:渡辺鉄平
  • 文:吉田けい
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ジェンダーの問題は、女性だけが抱えるものではない。「男性学」を研究する社会学者、田中俊之さんが着目するのは、男性ならではの生きづらさだ。

いまの10代や20代であっても、定年まで働くのが“普通”と考えて疑わない。男性に用意された1本のルートのみをたどり、「何歳まで働くのか」という自問さえもしない。

「大学を卒業したら就職して、結婚して、定年まで働くのが“普通”。多くの場合その1本のルートしか、男性の人生として示されてこなかった。でも実際には、フリーターの人もいるし、結婚していない人もいる。“普通”のイメージと実態とのギャップが開いてしまっているんです。就職や結婚ができなかった男性は、『自分は“普通”にさえ手が届かない人間だ』という葛藤を抱かざるを得ない。このことが、男性の生きづらさの大きな原因です」

就職氷河期などによって実態は変化したが、“普通”のイメージが高度成長期からほとんど揺らいでいないのだ。

生きづらさを感じ、苦しんでいる人こそ人間関係を断つ傾向にある。“普通”から外れていると、責められることを恐れて実家には連絡せず、同窓会にも来ないという。

そんな男性の生きづらさの問題は、さまざまな場面で散見される。たとえば仕事では、景気のよし悪しにかかわらず、男性は常に働きすぎだ。

「これは、30~40年ずっと変わらず男性が抱え続けている問題です。しかも多くの人が、その問題に気づいてさえいない。ニュースや新聞では過労死が問題視されることもありますが、解決は試みられていない。本気で解決するならば現状の把握、原因の追究、対策の実行の3段階を踏むはずですが、残念ながら行われていません。それにはジェンダーギャップの問題が関係しています。女性の平均賃金は男性の約7割。つまり男性が働いたほうが家計は潤うので、働きすぎだということが問題視されるどころか、基本的には歓迎されることとなってしまう。そのため、男性だからこそ課せられている役割や行動パターンから、自ら外れてみようという視点がもてないのです」

精一杯働いて出世すれば、家計は潤い、達成感も得られる。そのため働きすぎだと気づけず、男性だからこそ課せられている役割から外れるという視点がもてない。

また家庭では、イクメンは当たり前だという理想と違って、男性が家事や育児に参加するにはハードルがある。

「実際に、平日の昼間に男性が街をウロウロしていたら、近所の人に怪しまれることがあります。僕も、4歳の息子を水泳教室に送っていこうとしたら嫌がられて『誰か助けて!』って叫ばれてしまって。もしも僕が女性だったら目立たなかったんでしょうけど、その時は周りがザワつきましたよ……」

そこにもイメージと実態とのギャップがある。育児休業手当により賃金の実質80%が補償されても、まだ男性が育休を取りづらいままなのは、そもそも男性が仕事を休むことに対して恐怖を感じているからなのかもしれない。

男性が育児をしたくとも、昼間に子どもを連れていると「不審者ではないか」「働いていないのではないか」と疑われることも。男性学では「平日昼間問題」と呼ぶ。

「ジェンダーの問題というと、特に男性は、女性が虐げられている問題だと思いがちです。でも、女性の社会的地位が低いということは、裏を返せば、男性に働く以外の選択がないということなのです。男性は、いい大学に入って、一流企業で出世して……と競争を強いられています。でも頂点まで行けるのは、ほんのひと握りだけ。しかも頂点に行けたとしても、そのままでいられる保証はない。いつまでも勝ち続けることは、およそ不可能なのです」

では、そんな生きづらい男性の人生を、これから我々は、どのように考え、歩んでいくべきなのだろうか。

男性が女性をリードするのが恋愛の“普通”という固定観念はいまも健在。しかし、そのまま結婚してしまうと男女の間で平等な取り決めができず、問題が起こりがち。

「まずは、大学→就職→結婚→定年というルートに沿って、競争を強いられる男性の人生から距離をおくこと。いままで信じていた価値観とは、まったく違う世界に出会うことが大切です。たとえばパパ友や趣味の集まりに参加し、自分とは違う生き方をしている人に出会う。そして、男性もジェンダーによって生き方が制限されているという視点をもつべきです。そうすれば、同様に女性の生き方が制限されていることも想像できる。男女ともにジェンダーにとらわれることがなくなれば、固定観念や偏見に縛られることなく自分と自分の家族がどうしたいかを優先して生きていけるはずです」

田中さんが来日したフィンランド人夫婦と交わした会話。夫婦のキョトンとした反応から、自分もいかに日本の“普通”にとらわれているかに気づいたという。

ジェンダーの問題は、すぐに解決するのは難しい。北欧諸国は何十年もかけて男女平等な社会をつくりあげてきた。重要なのは「どのような社会を次世代に受け渡すのか」というビジョンをもつこと。たとえば、いますぐ男女の賃金が1対1になることは難しい。しかし自分たちの子どもが働く頃には1対0.9くらいにはできるだろう。そのようなモチベーションをもって、よりよい未来を目指したい。


田中俊之●1975年、東京都生まれ。2008年社会学博士号取得。武蔵大学、学習院大学、東京女子大学などで非常勤講師、武蔵大学社会学部助教を経て、17年より大正大学心理社会学部准教授に。男性学の第一人者として各メディアで活躍している。

『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』田中俊之 著(KADOKAWA)。固定観念と現実の狭間で生きづらさを感じる男性たち。男性が抱える問題や悩みを研究する男性学の専門家が“生きづらさ”の実態と生きやすくなるためのアイデアを解説。

こちらの記事は、2020年 Pen 6/15号「いまこそ、『ジェンダー』の話をしよう。」特集からの抜粋です。