空前の韓国文学ブームが起きている。数年前から複数の出版社が韓国文学シリーズを創刊し、刊行点数が飛躍的に増加。書店でも目立つ場所に並ぶ。2019年には『82年生まれ、キム・ジヨン』の邦訳版が、発売1年で15万部というヒットを記録した。ブームの先陣を切った出版社、クオンを立ち上げた金承福は「韓流ドラマ、K-POPの次に来るのはK-文学だと思っていました」と胸を張る。そこで、ソウルが描かれたお薦めの小説を挙げてもらった。1970年代から現在まで、この街の姿をリアルに伝える4作だ。
1.『こびとが打ち上げた小さなボール』チョ・セヒ 著 斎藤真理子 訳
チョ・セヒの『こびとが打ち上げた小さなボール』は、78年の出版以来、韓国で130万部を記録するロングセラーで、いまも大学生の必読書とされる。なぜそれほど読まれているのか。
「70年代のソウルでは、朴正煕政権が都市開発のためスラム街の家を強制撤去してマンションを建設しました。その入居権が与えられても貧しい人が払える家賃ではなく、富者が持ち掛ける入居権の転売に応じるほかない。政府が弱者をどう扱ってきたかがよくわかるでしょう。この問題はキム・ヘジンの『中央駅』にもつながっています」と金承福。軍事政権の強権的な実態と格差社会の経緯がよくわかる一冊だ。
2.『中央駅』キム・ヘジン 著 生田美保 訳
『中央駅』は具体的にそれと書かれていないが、描写からソウル駅と知れる。2000年代に大規模な改築工事が行われ、新駅舎がすぐ隣に完成した。
「当時、ソウル駅周辺には大勢の路上生活者がいました。都市が発展する時、必ず落ちこぼれる人がいます。経済的な豊かさは必ずしも精神的な豊かさにつながりません。これは現在の格差問題にも言えることです」
3.『亡き王女のためのパヴァーヌ』パク・ミンギュ 著 吉原育子 訳
上の2作は社会問題を描いたが、以下の2作は若者たちの日常を描写する。まずパク・ミンギュの『亡き王女のためのパヴァーヌ』は1980年代のソウルが舞台だ。金承福は主人公と彼女が勤務する百貨店は永登浦のタイムズスクエアがモデルだろうと言う。外見至上主義が幅を利かせるソウルで不器量な彼女の立場は心をえぐられる厳しさだ。人は財産や美貌を評価し、彼女の心の美しさには気付かない。
4.『宣陵散策』チョン・ヨンジュン 著 藤田麗子 訳
『宣陵散策』の宣陵は、駅名にもあるが存在は意外と知られていない名所。
「著者のチョン・ヨンジュンは、都市で見落とされているものの存在を描こうとしたのでは。登場する自閉症の青年もまた社会から見落とされ、理解されにくい存在です」
いずれも社会状況や人々の心の内を豊かに表現する4作。文章から立ち上がるその時その場所の空気に浸れば、いまのソウルの深部が見えてくる。
こちらの記事は、2020年Pen2/15号「平壌、ソウル」特集からの抜粋です。