コロナ禍による緊急事態宣言の発令でテレワークを余儀なくされた我々だが、そのおかげでZOOMやSkypeなどを利用したリモート会議やテレカンファレンスが一気に世界中に広まった。
このようにステイホーム期間中の経済活動を支えてくれたIT技術だが、今度は緊急事態宣言解除後の経済活動を支えてくれるIT技術が登場を控え、注目を集めている。
そのひとつが「接触確認」という技術で、IT業界の両雄、AppleとGoogleが手を組んで実現したという点でも注目を集めている。
未知のウイルスを相手に、AppleとGoogleがタッグを組んだ。
4月10日、AppleとGoogleから「新型コロナウィルス対策として、濃厚接触の可能性を検出する技術で協力」することが発表された。当初は「Contact Tracing(接触者追跡)」技術と呼ばれていたが、その後「Exposure Notification」技術と名を改められた。一部では曝露通知技術などと訳されていたが、日本政府はこれを「接触確認」と呼ぶことにした。名前に関しては多少の混乱が生じたが、この名前へのこだわりにこそ、「プライバシーへの配慮」という、この技術を成功させる上でもっとも大事なエッセンスが隠されている。
「接触者追跡」というのはPCR検査などで感染が発覚した人に対して、その人が過去2週間に誰と接触していたのかを追跡し、クラスター発生を封じ込める対策のこと。今日、日本を含む多くの国では感染者へのインタビュー形式で行われている。
ただし、インタビュー形式では、感染者が嘘をついたり、記憶があいまいだったり、一緒にいた人が誰なのか知らなかったりといった問題で、正確にクラスターを追えないことがある。
そこで韓国政府がスマートフォンを使って「接触者追跡」を行う技術を生み出した。
接触者追跡アプリが抱えていた、プライバシー侵害という問題点。
韓国政府が採用したデジタル版「接触者追跡」は、GPSを用いて常に人々の行動履歴を記録し、感染が発覚した場合は、その人の2週間の行動履歴を遡り、同じ場所にいた人を突き止める、というもの。
ただ、この方法の問題は人々のプライバシーを著しく侵害することだ。これでは、人に言いたくない場所に行く時や会ってはいけない人に会う間、人々はスマートフォンの電源を切ってしまい、意味がなくなってしまう。
これは人々のプライバシーを何よりも重視するAppleなどにはおよそ受け入れられない方法だ。同社は以前、テロリストのiPhoneを押収したFBIからロック解除を迫られるも、それを拒否するほどまでにプライバシー重視を徹底している。
そんな中、シンガポール政府から人々の個人情報を一切取らず、ただ感染者と接触したという事実だけを確認する技術が発案される。
シンガポール政府は実際にこのアプリを開発し、提供を行ったがiPhoneとAndroid間ではうまく記録が残せないことがあったり、アプリの利用中はスマートフォンのバッテリーが早く減るなどの問題があった。そこでApple、Googleの両社に協力を呼びかけることになった。
プライバシーを守りながら、濃厚接触を知らせる仕組み。
こうした結果、誕生した接触確認アプリの仕組みはこうだ。アプリをダウンロードし参加の意思表示をしたユーザーを仮にAとする。彼がPCR検査で陽性と診断された場合、医師の承認のもとアプリ上で感染情報を共有すると、これがデータベースへと登録される。すると、Aが陽性と診断されるまでの2週間、Aと15分以上にわたり、1m以内で過ごした他のアプリユーザー全員に、「あなたは感染者と濃厚接触をしました」といった通知が送られ、その人に検査や診察、自宅待機が促されるのだ。
接触確認アプリは、接触者追跡アプリとは異なりGPSの位置情報は一切取得しない。かわりにBluetoothの電波で近くに同じスマートフォンアプリを入れている人が長時間いたことを確認すると、暗号情報を交換する。Aさんが医療機関を通してアプリに陽性反応が出た情報を登録してもらうと、Aさんから暗号情報を持ってた人の暗号が解除され、「感染者と接触していた」ことが明らかになる。ただし、その時、その感染者がAさんだったということまでは、一切わからないようになっている(単純に何月何日に、どれくらいの時間近くにいたかだけが表示される)。このように「接触」したことの確認はできるが、アプリ登録者の行動履歴は一切、記録もされなければ把握もされず、感染者のプライバシーが脅かされることはないのだ。
なお、場所が特定できなければ、感染場所を封鎖、除染できないという指摘もあるだろう。しかし、そうした情報はアプリ使用の有無を問わず、感染者は必ず保険所から聞き取り調査されるのが通例だ。また、Apple、Google双方の担当者も「このアプリは、あくまで感染者からの詳細な口頭調査を補うものだ」と、そのスタンスを明確に語っている。
活躍が期待される、“シビックテック”とは。
AppleとGoogleは接触確認アプリの土台となるAPI(Application Programming interface)を開発し、すでに各国のアプリ開発者に公開しているが、彼らはその活用を“1カ国1アプリ“と定めており、誰にその開発を任せるのかは各国の衛生当局、日本ならば厚生労働省が決定権をもち、現在、厚労省内に任されている。
当初、この接触確認アプリの開発は企業ではなく、“シビックテック”と呼ばれる活動を通して開発されていた。シビック(Civic:市民)とテック(Tech:テクノロジー)を掛け合わせた造語で呼ばれるこの活動は、行政サービスだけでは解決できないさまざまな課題に対して、テクノロジーを活用して解決する市民レベルの取り組みのことである。
日本ではCode for Japanという活動が、5月のはじめにもアプリを完成させる準備があると発表をしていたが、その後、突如、政府は方針を変える。Code for Japanでは、それまでの開発が無駄にならないように、それまでに開発していた技術をオープンソースで公開するなどの紆余曲折があり、アプリの提供も1ヶ月以上遅い6月中旬となってしまった。
行政と連携し、大規模災害で実力を発揮。
昨今、世界中の多くの国では、大規模な災害時にシビックテックとの連携を取ることが当たり前になってきている。
日本においてシビックテックの動きが活発化したのが、2011年3月11日に発生した東日本大震災だった。安価な放射線測定器を提供し、それを持ち歩く人々の情報を集計し放射線マップをつくるSAFECASTなどの活動が誕生し海外からも注目を集めた。
海外ではシビックテックを政府の活動に積極的に取り入れている国も多く、タイではシビックテック団体が頻繁に起きる洪水被害の警報システムを開発したり、米国では過去のハリケーン被害の状況を地図化する活動も行われている。
実は同じ日本でも、東京都では元ヤフー社CEOで現副都知事の宮坂学氏が中心となり、シビックテック団体、Code for Japanと連携。毎日の感染者の増減などの変化がわかる「新型コロナウイルス感染症対策サイト」を公開、高い評価を得ていた(その後、東京都が使用したこのサイトはオープンソース化されて他の自治体でも活用された)。
さて、シビックテックとの連携を躊躇したため提供は1ヶ月ほど遅れたが、日本政府提供の「接触確認」アプリも、今週中にも提供開始の予定だ。
そんなタイミングでは少し気の早い話かもしれないが、このアプリのリリースは、とにかく1日でも早く技術を提供することに主眼を置いたAppleとGoogleによる新型コロナ対策の第1フェーズに過ぎない。
接触確認は第2フェーズで、最大の効果を発揮する。
両社や世界の保険機関では、その後に訪れる第2フェーズこそがこの技術の本番と考えている。アプリをダウンロードして、インストールするというのは手間がかかり、あまり多くの人の利用が望めず、利用者が少ないと経済活動再開の希望を背負った技術も効果を発揮できない。そこで第2フェーズでは、アプリで提供していたのと同じ機能をiOSとAndroid双方のOSに標準で組み込む予定だ。
そうなれば、ダウンロードの仕方がわからない、面倒だという人も関係なく、スマホを所有する人が自然と登録し活用するようになる。iPhoneだけでも年間2億台が発売され、Androidを含めれば年間10数億台。また、双方の既存モデルを所有者を含めれば、実に世界人口76億人の半数、約40億人近い人がアプリの活用が可能となり、その効果は計り知れない。現在のコロナ対策といえば、地方自治体あるいは各国レベルの施策となっている。私がこの試みでもっとも希望をもっているのは、このAppleとGoogleという世界的な企業が提供する
接触確認アプリこそが、先進のIT 技術を活用し国境を超える初の国際的なコロナ対策となり、世界人口の約半数がこのアプリを活用することになった時の、絶大なる効果を期待しているからにほかならない。
APIを提供したAppleとGoogleにしても、各国のコロナ対策があまりにも違いすぎることもあり、各国の対応を伺っている状態であると思う。
接触確認アプリで新型コロナウィルスの感染を防ぐことが出来るわけではない。しかし、このアプリを活用し感染者と濃厚接触した場合、それ以上の拡大を防ぎ、大規模感染を防ぐ上ではもっとも有望な技術となる。 このことを一人でも多くの人が理解し、利用が広まり、新しい生活様式/仕事様式を続けながらも、再び国際的な経済活動が再開することを期待したい。