YouTubeで公開された魚の処理法が国内外で反響を呼んでいる。「養殖魚でも美味い魚に変えられる」と断言する、「魚仕立て屋」の津本光弘さんを直撃した。
「津本式 究極の血抜き」という魚の処理法がYouTubeで公開され、漁業関係者や料理人に衝撃を与えて2年が経つ。宮崎県の仲卸「長谷川水産」の津本光弘さんが試行錯誤の末、4年かけて実用化した手法だ。
魚の血管にホースを当て、その水圧で血液を除去するという手順自体は、非常にシンプルで簡単(津本式の“究極”とは究極に簡単という意)。しかも、それを施した魚には臭みやえぐみがほとんどない。津本さんいわく「魚の臭みの原因は血液が腐るから。ならば徹底的に血を抜けばいいんです」。独特の臭みから敬遠されてきたアイゴやメジナ、イシダイなども再評価され、買い手が付くという。
熟成の魅力を広めながら、“常識”に挑戦する。
しかもこの方法は、身の保存性を飛躍的に伸ばす。「僕の魚は寝かすほど美味い。プロの料理人が熟成をかけたら軽く1カ月以上もちますよ」。熟成が適切に進めば養殖魚も天然魚以上になるという。大トロかと見紛うねっとりした食感も驚嘆のひと言。2019年には、「津本式」こそ優れた熟成法とした研究結果を、東京海洋大学が学会で発表している。
高品質の魚が安価で手に入り、日もちもするとなれば、これまで廃棄されていた魚の活用法も広がる。すなわち食材ロス問題解決への一手になり得るわけで、この点は注目すべきだろう。
そんな期待をはらむ技法を、津本さんが一向に隠そうとしないのも面白い。以前から血抜きの様子を動画で配信してきたし、見学希望者は誰でも受け入れる。教えを請うた「生徒」と取引先の輪は、いまや国外にも広がった。「蒔いてきた種が、ようやく咲き始めた感じかな」。技術をオープンにした理由を尋ねると、「単に、おいしい魚の存在を知ってほしいから」と、欲のない返事。ノズルなどの専用ギアを開発・販売する会社を立ち上げたのも、一般層に広く普及させたいとの思いからだ。
もっとも市場界隈では、身を傷めやすいことから魚体に直接、真水を当てることは長年タブーとされてきた。そのため「津本式」を疑問視する向きもあるが、津本さんは我関せずの構え。
「このやり方なら従来は無理とされてきた死んだ魚からも血が抜けるし、血管内の雑菌を除去できることも実験でわかってきました。熟成魚としても最高に美味くなるし、いいことづくめ。一度食べたら納得してもらえるんじゃないかな?」
そして最後に笑顔で締めくくる。「僕が養殖魚を多く扱うのも『美味い魚は値段やブランドじゃないんだ』ということを伝えたいから。世の中いろんな常識や先入観があるけれど、それをぶっ壊してみたいんですよ」
津本式のポイント、全部見せます。
1. 下準備をする
まず、なににも増して大事なのは、「伸びしろ」のある良質な魚を選ぶこと。当然ながら素材のよし悪しがその後の品質を左右するためで、ここは職人の目利き力が問われるところでもある。
「尾を完全に切り落とさないのは商品価値を保つためです」と津本さん。この後、尾の切り口とエラの上部の切った血管にホースを当て、注水を行う。
2. 神経と血を抜く
上部の穴は側線に沿って神経が通っており、背骨の下側には血管が通っている。尻尾側からの注水は、魚の神経や血管サイズに合うノズルを付けて行う。まず上部の神経にノズルを当て注水。次に、エラの内側上部を切った箇所からホース(ノズルなし)で注水。
津本さんが作業すると1尾当たり約90秒。「ここまでは誰でもできるけど、この先、魚がどう変化するかを見極められるのは僕だけ」と言う。
3. 内蔵を取り、寝かせる
津本さんがデザインした「血合いウロコ取り」を使えば楽々だそう。ネット通販もしている専用ギアは、このようにすべて津本さんが「あったらいいな」と思って考案した商品ばかり。
通常の魚であれば15~30分の間に抜けるが、上写真のウナギは1日以上かけて身の血液や水を抜く。最後にビニール袋に入れて空気を抜き、凍らない程度の低い温度の水槽で泳がせるように保存すると、1週間以上の熟成が可能な魚の出来上がり。
こちらの記事は、2020年 Pen 1/15号「やっぱり、魚かな。」特集からの抜粋です。