読み始めたら止まらない“イヤミス” の女王・真梨幸子の新作『坂の上の赤い屋根』は、いかにして生まれたのか。

  • 写真:佐々木和隆
  • 文:今泉愛子
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『坂の上の赤い屋根』真梨幸子 著  徳間書店 ¥1,760(税込)

“イヤミス”とは、人間の悪意や嫉妬を描き、読む人がたまらなくイヤな気持ちになるミステリーのこと。デビュー以来、イヤミスを書き続けてきた作家・真梨幸子。彼女の作品は、どんなに嫌な気持ちになっても最後まで読み続けてしまう中毒性がある。期待を裏切らない仕上がりの新作『坂の上の赤い屋根』を上梓したばかりの真梨に、本作が生まれた背景を聞いた。


──── 『坂の上の赤い屋根』は、実際にあった殺人事件をもとにした作品と聞きました。

真梨幸子(以下、真梨) 娘が恋人と共謀して両親を殺害するという、北海道で30年近く前に起きた事件がずっと気になっていたので、それをモチーフに使ってみようと思いました。読者が私に期待するのは、あらゆる人物の思惑が交錯して、玉ネギのように皮をむいてもむいてもなかなか核心に到達しないミステリーです。そこで、舞台を東京に移して、さらにいくつものエピソードを重ねて、「文京区両親強盗殺人事件」という事件を設定。それから18年後に、事件を元にした小説が週刊誌で連載されることになった、という物語にしました。

────登場人物一人ひとりが内面に突き動かされるように行動するから、結末に至るまで「そこまでするのか!」の連続で、読み始めたら止まらなくなりました。

真梨 事件の真相を解くことがミステリーのゴールの常道ですが、それだけだと目の肥えた読者さんの中には、途中で飽きてしまう方もいるかもしれません。だから事件の当事者だけではなく、それを遠巻きで見ている人や事件の関係者に振り回される人、事件とは全く無関係に思えるような人も登場させて、その人たちの心理もしっかり描くようにしています。そうすると、犯人だけではなくあらゆる人が同じように黒い感情をもっているとわかりますから。

──── 両親殺しの犯人である娘の青田彩也子と恋人の大渕秀行、さらに法廷画家の鈴木礼子や編集者の橋本凉も生い立ちに問題を抱えていました。

真梨 実際に起こった色んな事件を見ていると、殺人事件は意外と家庭内で多く起きています。他人に殺される通り魔的な事件もありますが、殺人はむしろ血縁関係や親しい間柄の方が起きやすいのではないでしょうか。なかでも、私が今回書きたかったのは家庭内格差です。親は子どもに対する好き嫌いや相性のよし悪しがあって、どんなに隠そうとしても子どもは気付きます。自分より弟がかわいがられているとか、自分より姉のことを大事にしているのではないかって。そういう感情が殺人につながることもあるはずです。

──── 秀行は、人の心を操るのがうまい。法廷画家の礼子と獄中結婚をして、彼女のことも自在に操りました。

真梨 天性のものがありますよね。根っからのホスト体質です。先日も、女性によるホストの殺人未遂事件がありました。ホストは、お客の女性をゲームの駒としてしか見ていないんです。そうやってお金を搾取します。秀行は礼子とも、その前に付き合っていた元編集者の聖子ともセックスをしませんが、これもよくホストが使う手。したくない時は、「君のことが大切だからそういうことはしたくない」とプラトニックに持ち込むんです。すると、女性はあっさり信じます。

──── これまでの作品では、主に女性のドロドロとした感情が描かれていましたが、今回は、男性の黒い感情も存分に描かれています。

真梨 これまでの私の作品を読んだ男性読者は、「女は怖いよね」と笑って済ませてきたと思いますが、今回はそうはいきません(笑)。女性は情に流されやすいので、殺人を起こしても男がらみであることがほとんど。でも男性は、殺人をいったん計画したらしっかりやり遂げる冷酷さがあります。歴史的に見ても、戦争を起こしたり虐殺をしたりするのは男性が多いですから。この作品は、男性にとっても決して他人事ではないはずです。イヤミスを読んだことがない人の心にも届くと思います。


「文京区両親強盗殺人事件」から18年後に広がる新たな疑惑。過去の出来事が複雑に絡み合い、最後に意外なところで首謀者が明らかになる。「普段から殺人事件はよくチェックしています。仕事のネタ探しというよりも、そういうことに興味があるから小説を書くようになったんです」と話す真梨のまさに真骨頂と言える作品だ。

真梨幸子●1964年、宮崎県生まれ。2005年、『孤虫症』で第32回メフィスト賞を受賞し、デビュー。11年、文庫化された『殺人鬼フジコの衝動』が50万部を超えるベストセラーに。著書に『女ともだち』『人生相談。』(以上、講談社)、『鸚鵡楼の惨劇』(小学館)、『5人のジュンコ』(徳間書店)、『カウントダウン』(宝島社)など。