“ほぼ完璧”なポップアルバム『見っけ』が示す、国民的ロックバンド「スピッツ」の現在地点。

  • 文:赤坂英人
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『見っけ』 スピッツ UPCH-2194 ユニバーサル ミュージック ¥3,300(税込)

いまや世代を超えた国民的なロック・バンドといっていいスピッツが、約3年ぶりに発表した16枚目のオリジナルアルバムである『見っけ』。それは、ファンの間では最高傑作だという評判すらある、ほぼ完璧なポップアルバムだ。ノリのいいバンド・サウンドを聞かせるオープニング曲の「見っけ」から始まり、NHK朝の連続テレビ小説『なつぞら』の主題歌である「優しいあの子」、「別れ」を暗示するボーカルの草野マサムネののびやかな声が魅力的な「ありがとさん」、ノスタルジーを裏返すような疾走感を感じさせる「ラジオデイズ」と、たたみかけるようなイントロの数曲で、早くも聴く者のハートをしっかりと捉えてしまう。

ラストの12曲目「ヤマブキ」まで、さまざまな旅と物語の断片をちりばめながら、独特のスピッツ・サウンドが加速していく。もちろん作詞・作曲は、すべて草野マサムネの手によるものであり、プロデュースはスピッツと亀田誠治。1987年にボーカルの草野、ギターの三輪テツヤ、ベースの田村明浩、ドラムの崎山龍男の4人で結成され、91年にメジャー・デビューして以降、ていねいな音楽活動を積み重ねてきた彼らのバンドとしての高い成熟度を感じさせるアルバムとなっている。

このバンドの中心は、明らかに草野マサムネである。彼は、まるで子どものような、しなやかな想像力をもち続けている稀代のシュルレアリスム的な詩人だ。言い方を変えれば、彼は言葉に幻想の力をもち続けている現代のシャーマンともいえる存在である。宇宙的な広がりを見せる、95年に発表された11枚目のシングル「ロビンソン」は、彼の代表的な作品だ。

そうした草野も日々の生活や旅の途中で、自分とはまったく異質な「他者」と出会う。「他者」とは必ずしも人間とは限らない。ある時は「自然」の姿で現れ、またある時は不条理な「運命」という形で彼の行く手をさえぎり、またある時は「時間」というもので現れる。そうした思いどおりにならない「他者」との出会いを通して、人は少しずつ大人になっていく。

スピッツのメンバーは全員が1967年生まれで今年52歳になるが、彼らがつくる歌には、思春期の子どもや少年、青年、大人たちと、複数の人間が同居している。世代を超えているのは、ファンだけではない。スピッツの音楽の世界自体が、世代を超えたものなのである。

稀代の詩人として、草野マサムネは自らの作詞の方法について、ある音楽誌の取材に答えてこんなことを語っていた。「たとえば100個ぐらいの言葉で表したい内容をひとつとかふたつの言葉で集約するような作業で作詞してる」(『MUSICA』2019年11月号より引用)

そして、そのことを説明すれば説明できるけれども、それをやるとつまらないと言う。彼が問題としているのは、圧縮された多様な意味をもつ言葉の「質」であり、一義的な意味しかもたない言葉の「量」ではない。草野は意外な言葉と言葉を、まるでコラージュするように出合わせ、その意味を飛躍させて、スピッツ独自のオルタナティヴ・ロックをつくり出すのである。

ところで、結成30年を超えた「スピッツ」だが、2013年に発表されたアルバム『小さな生き物』あたりから、彼らを船にたとえれば、新しい方向にむけて舵を切ったのではないかと感じるときがある。それは主観的な印象であり、明確な理由があるわけではない。ただメロディラインや歌詞の些細な部分に、新たな陰影を感じるだけだ。思えばその少し前には東日本大震災が起きており、草野が急病となっていた。そしてバンドのメンバーは全員がすでに40歳の坂を超えている。彼らが変わらなくても世界が変わったのかも知れないし、彼らもこの世界も、その両方が変化したのかも知れない。いずれにしてもスピッツは、これからも世界のどこにいようが、バンドとしてロックし続けているだろう。

左から、三輪テツヤ、﨑山龍男、草野マサムネ、田村明浩。