銀座メゾンエルメスの建物を光学装置に変えるアーティスト、イズマイル・バリーの不思議な魅力。

  • 写真・文:中島良平
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『線』(2011)と題された映像作品(手前)。手首に水滴を落とし、水の震えを映し出すことで命の脈動を視覚化した。

パリとチュニジアのチュニスを拠点に活動するアーティスト、イズマイル・バリーの個展が銀座メゾンエルメス フォーラムでスタートした。人の身振りと結びつき、光と陰の関係、水や砂の物質性など、あらゆる事象への興味から行なった実験を出発点として静謐な作品を手がけるバリーは、展覧会を「大きな木も小さな木も植えられ、枯れた花があれば芽吹いたばかりの草も生えているひとつの風景」と説明する。

「私は物事を観察する。物事が生じるがままに注意を向け続けていると、そこには何かが立ち現れる。偶然によって驚きが生まれ、その驚きを伝えようとした結果が作品となる。つまり、作品を生み出すために計画を立てるのではなく、何かが起こった結果として作品が生まれる。作品を作ることよりも、“何かをする”行為そのものに興味があるんだ。庭師が木を剪定して、結果として庭の景色が生まれるような感覚に近いのかもしれない」

『出現』というタイトルの映像作品が展示されている。真っ白な光を放つ紙を両手で操る様子が映されている。薄暗い空間に光が浮かび上がる美しい作品だ。やがて、それが1枚の写真だということがわかる。手が写真の裏側に置かれたとき、光の透過が遮られて影が生まれ、写真のイメージを見て取ることができる。そして、裏にはアラビア語の文字で何かが書かれている。

「この写真は1956年3月20日、チュニジアが独立を果たしたその日に撮影された。チュニジア人である私の父親が、大切にして欲しいと言って私にくれたものだ。この写真に光をあてながら観察を続けていたら、強い光を受けて真っ白になり、画像が飛んでしまうことがわかった。それを撮影したのが『出現』だ。手に触れて真っ白な光からイメージが現れる様子が、忘却から記憶が蘇るような現象だと思えて興味を惹かれたんだ」

『出現』(2019)「手で現象としての光をどのように扱えるか」という興味を若い頃から抱き続けてきたというイズマイル・バリー。

『出現』(2019) チュニジア独立という歴史的な1日の一瞬を撮影した写真。手で触れると、その瞬間が忘却から蘇る。

陰を縫いとるようにして、白い壁面をピンでつないだ作品『幽かな線』(2002-2019)の前で作品について説明するイズマイル・バリー。

実験から気持ちが高ぶり、思考が展開していくプロセスが作品に刻まれる。

「ガラスをフィルターにして光を取り込んだような建物」と、レンゾ・ピアノ設計による銀座メゾンエルメスの建物を表現するイズマイル・バリー。空間内に大きな部屋を作り、光と陰が戯れる展示を生み出した。

写真に光をあてる行為から『出現』が生まれたように、何かと何かを関係させることに関心を持ち、そこに何が起こるのかを観察する。身の回りにあるつまらないものでいい。雑誌の広告1ページを手で揉み続けるとどうなるか。水滴を脈動する肌に垂らすと何が見えるか。砂の上でボールを転がすとその痕跡がどうやって描かれるか。

「平凡なもの同士の関係から何かが起こるのではないか。私は驚きや発見を求め、それを作品にすることで驚きを伝えようとしている。だから即興的にその場の行為がすぐに作品になったものがあれば、行為で得た発見をより明確に伝えられるように、撮影方法を改めて考えて映像化した作品もある。実験や体験から自分の気持ちが高ぶり、そこから思考が展開していくプロセスにいつも興味を持っている」

美しいイメージ。静かな移ろい。何かが起こる予感。イズマイル・バリーの作品は鑑賞者をドキドキと、そしてうっとりとさせる。

『転回』(2017) 雑誌広告の1ページを用いた作品。手で揉み続け、顔料が手に移っていく様子を撮影した映像作品も展示されており、制作プロセスと物質、イメージの連動を楽しめる。

手前のテーブルは『ボールの跡』(2019)。砂の上にボールを転がした跡が残されている。バリーは「これが何なのかは自分でもよくわからないが、これから何かが起こる気がする」と笑いながら説明する。

「作品の裏側、暗室のような空間の壁の向こう側も見せる意図で、会場に設置された箱の外側も見られる空間構成にした」とバリー。

『みえないかかわり|イズマイル・バリー展』
開催期間:2019年10月18日(金)〜2020年1月13日(月・祝)
開催場所:銀座メゾンエルメス フォーラム
東京都中央区銀座5-4-1 8F
TEL:03-3569-3300
開館時間:11時〜20時(月〜土) 11時〜19時(日)
※最終入場は閉館の30分前まで
※12月12日(木)〜25日(木)は開館時間11時〜16時30分(最終入場16時)
会期中不定休
会期中入場無料
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