はるか昔、儀式と共に奏でられてきた音楽は、宮廷や劇場を経て、ラジオの普及と共に家庭へやって来ました。ところがスピーカーの前に腰掛けるリスニングスタイルも、いまや好事家の趣味の世界に。現代の音楽はイヤフォンやヘッドフォンで自由に聴くのが当たり前です。
そんな世界の新常識をちょうど40年前に創ったのは、ソニーの「Walkman(ウォークマン)」でした。FMラジオの生放送をカセットに録ってエアチェック、あるいはお気に入りのコンピレーションをMDでつくる。音楽のあり方を変えてきたウォークマンの40年を辿る企画展が、銀座ソニーパークで開催中です。
会場にはアスレチックパークのようにオブジェクトが配置され、著名人のメッセージと共に時代ごとのウォークマンが実物展示されています。そのいずれも完動品で、もちろん試聴も可能。気になったものや思い出のモデルなど、自分の音楽性と対話するように歴史を振り返ることができます。
驚くことに、1979年に発売されたカセットウォークマン1号機「TPS-L2」も、40年の時間を感じさせない元気な音を轟かせています。残念ながらメディアの持ち込みはNGですが、スタッフに声をかければ、手持ちのイヤフォンやヘッドフォンは使用可能。高性能になった現代のイヤフォンで、かつてのカセットやMDの音を聴いてみるとどうか。いまだからこその楽しみ方です。
完動品は、1979年から各年1機ずつの計40台、その時代に販売されていた機種を展示。さらに地下4階には、1号機から現代のフラッグシップモデル「NW-WM1Z」までをズラリと並べた「Walkman Wall」が出現。まるでウォークマン史の年表の如く、変わりゆくロゴマークと共に歴代機種が所狭しと並べられ、壁一面が埋め尽くされています。その数なんと237。もしかすると、あなたの思い出のウォークマンも見つかるかもしれません。
カセットメディアのサイズとほぼ同等の、小型化の極限に挑んだ機種。8cmシングルCDサイズに収めるため、12cmCD再生時にはメディアが飛び出すという変わり種機種。40年の間に変わった部分、40年経っても変わらない部分を見つめ、音楽文化とポータブルオーディオの歴史に思いを馳せてみるのもまた一興です。
現役開発チームが語る、ウォークマンの歴史。
音楽を街中に解き放ったウォークマンはどのようにつくられ続けてきたのか、ソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツで開発の最前線に立つ佐藤浩朗さんと投野耕治さんに話を聞きました。そもそも1号機「TPS-L2」が出た当時、外で音楽を聴く手段はカーオーディオか生録かという程度で、ポータブルオーディオという文化はありませんでした。投野さんは幼少期を振り返り「オーディオはいまよりもずっと大人の趣味で、子どもや若者は自分のオーディオセットなんてなかなかもてなかったんです」と語ります。
そんな中で登場したのが、ポケットサイズで完結する新時代のオーディオ、ウォークマンです。メディアは与えられたセットリストをなぞるラジオやレコードから、自分の好きな音楽を蒐集して自在に並べられるカセットテープへ。それは若者が初めて手にした、自分だけの音楽環境でした。
「ポケットサイズのプレイヤーと共に、イヤフォンやヘッドフォンの進化も欠かせません」
そう語る投野さんは1980年のソニー入社以来、ウォークマン2号機の開発辺りからずっとヘッドフォンをつくり続けています。
当時のヘッドフォンは大型のものが主流で、ドライバーも50mmや70mmのスピーカー用をそのまま使っていました。ところが70年代、いわゆるレアアースを使った強力な磁石の開発によって、ヘッドフォンは小型化の道を邁進します。「H・AIR(ヘアー)」と命名され、ウォークマン付属用として同時に開発された「MDR-3 L2」のドライバー径は、当時世界最小の23mm。耳に優しく触れるようなオンイヤー型でした。技術の進化を基にしたデバイスの進化が、新しい装着スタイルを生んだのです。
ウォークマンの歴史、それは集積技術と小型化の開発史でもあります。40周年を期に昔の担当者と話をしたという佐藤さんは、1号機発売直後の2号機開発時点で、既に目標がカセットケースサイズの大きさだったことに衝撃を受けたそうです。
従来品のピン型モーターが入らないからと、薄いリール軸一体型のモーターを新規開発。専用ICで回路を集約して、省電力とスペース節約も実現します。極めつけはステレオを搭載するための、3.5mmステレオミニジャックです。当時標準だった6.3mmのステレオジャックは収納できない。
「それならば、つくってしまおう」
既存の技術とアイデアを発展させてカセットテープレコーダーの録音機構を外し、ステレオ回路を搭載した1号機ですが、3.5mmステレオミニジャックだけはまったく新しく開発されていたのです。
大きさをどんどん小さくし、しかし品質は上げる。そのための目標を決めて逆算し、「コレしかない」という技術を生み出す。つくってみて試す、というのが、ウォークマンの開発スタイルなのです。
現在まで受け継がれるウォークマンのDNAと、歩き続けるこれから。
小型化と技術革新で、ウォークマンは新しい音楽鑑賞を提案してきました。特に新しいリスニングスタイルと音質の探求はとめどなく続いており、いまでは走りながら/泳ぎながらでも、メモリを搭載した防水イヤフォンで音楽を楽しめます。あるいは身動きが取りづらい満員電車、ヘッドフォンのケーブルに組み込まれたリモコンで、ウォークマンを取り出さずに操作できます。ノイズキャンセルもウォークマン本体の回路で駆動させれば、ヘッドフォン側は電池不要。こんな工夫もプレイヤーとの一体開発だからこそ。
いつでもどこでも音楽をというライフスタイルを考えると「まだここに使えない場所がある」という発見があり、それを埋めて拡大してゆく。現代の開発現場ではそんな作業が続いています。いい音で聴きたい、聴かせたい。40年で何も変わらない、ひとつのポリシーです。
音楽は時代とともに移ろうもの。特に現代は新技術がサウンドを生み、それをミュージシャンが積極的に使って音楽をつくります。アナログ時代に弱かった低音がデジタル化で限界突破すると、低音を利かせたヒップホップが流行。そんな新しい音楽に対して、ヘッドフォンは重低音重視のEXTRA BASSシリーズで応えています。
技術面での秘話として、ハイエンドウォークマン「NW-WM1Z」を挙げた佐藤さん。常識はずれの無酸素銅シャーシは、加工の難しさから量産をたびたび断られたと明かしました。しかし、試作してみると音がすこぶるいい。500g近い重量のため社内からも否定的な声が上がる中、それでもプロジェクト責任者や社長に聴かせると「コレはしょうがない」「是非やれ」。こんなこだわりや尖り方を後押しするソニーという組織の影響も、文化的影響と同等以上にあるのです。
よりよい音を聞きたいという欲求に従って開発を貫く。ウォークマン開発はそれの繰り返しでした。なにが出来るかわからない、だから時に開発者さえ想像できないものが生まれる。失敗も多いけれど、いずれは経験となって数年後のエポックメイキングにつながると2人は説きました。
そういった新しいことはやりつつも、どこでもいい音楽を聴くという基本は変わりません。いまのプレイヤーはハイレゾによる広いカンバスを用意すること、ヘッドフォンは音楽がよりエモーショナルに聴けることを、音づくりにおけるそれぞれのスタンスとしているそう。ですが周囲の環境をはじめとした多様な利用シーンや用途に適応しながら、それでも良い音楽を愉しむということにおいて、挑戦は終わらないと投野さんは語ります。40年を経て次の音楽の楽しみへ、ソニーとウォークマンは歩み続けます。
『WALKMAN IN THE PARK』
開催日時:2019年7月1日(月)~2019年9月1日(日)
開催場所:Ginza Sony Park
東京都中央区銀座5-3-1
開館時間:10時~20時
会期中無休
入場無料
www.ginzasonypark.jp