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マルジェラがエルメスで手がけたカシミアアイテム。なびくようにゆったりとしたシルエットが目を惹きます。Photo by Mariko Omura
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パリの装飾美術館でも行われた『マルタン・マルジェラ、エルメス時代』展。マルタン・マルジェラでの仕事を白バック、エルメスでの仕事をオレンジバックで見せています。Photo by Mariko Omura
セリーヌにエディ・スリマン、ディオールにキム・ジョーンズなどファッション界で話題になるのは、デザイナーの就任をめぐるニュースです。昨今ではメガブランドのクリエイティブ・ディレクターやアーティスティック・ディレクターを狙うがために自身のブランドを立ち上げる若手デザイナーも出てきました。
デザイナー交代劇は「ビジネス先行」や「デザイナーの使い捨て」などと揶揄されることが多々あります。しかしその仕組みが才能あるクリエイターのインキュベーターとして機能していることも確かです。
古くはシャネルと故カール・ラガーフェルドが、メガブランドにおける外部デザイナー起用の嚆矢といえます。斜陽しつつあった老舗メゾンを実力あるデザイナーが復興させたこの成功例に、LVMHのディオールとジョン・ガリアーノ、ジバンシィとアレキサンダー・マックイーン、ケリングのグッチ、サンローランとトム・フォードなど華々しい事例が続きました。ちなみにマックイーンはジバンシィでのギャラを自社の発展のため投資につぎ込んだと映画『マックイーン:モードの反逆児』で話しています。
そんな中、同じく格式あるラグジュアリーブランドのエルメスは1997年、マルタン・マルジェラを起用しました。マルジェラはエルメスのスタッフとパリを歩き、あらゆるものを見て「これはエルメスなのかどうか」とディスカッションした後、採用されたといわれています。彼はエルメスのエスプリをメゾンが望んだ以上に理解していたのでしょう。
マルタン・マルジェラは先鋭的モードを体現するブランドです。当時は、独立系クリエーターブランドにありがちな、デザイン性がクオリティより先行している状態で、大人が着るには仕立てや素材などで少し気になる部分がありました。しかし、エルメスという最高の素材調達力と生産機能をもつトップ企業とマリアージュしたことで両者の間で化学反応が起こり、自身のブランドの質が上がり、エルメスのウイメンズプレタポルテは鮮やかに発展しました。
特に近年、2017年アントワープのモード美術館MOMUでマルジェラによるエルメスを回顧する「マルタン・マルジェラ、エルメス時代」展が開催された辺りから当時のエルメスが再評価されており、二次流通市場でもかなり高額で取り引きされています。レザーアイテムともなると、100万円を超える落札額となるのもザラです。
そのコレクションを見返すと、ゆったりとしたフォルム、シックな色づかいなどマルジェラのアヴァンギャルドさを抑えた、エルメスの顧客であろう大人の女性に相応しい服が並んでいます。それらはまさに、フィービー・ファイロ手がけるセリーヌにつながっていく知的で成熟した女性のためのワードローブであり、マルジェラの才能に改めて脱帽してしまいます。
当時さほど話題にならなかったのは、価格が高いためターゲットが限られたこと、そして彼のデザインも時代の先を行っていたのでしょう。そういった意味でやはりマルジェラはアヴァンギャルドなのです。その後フィービーセリーヌが一世を風靡したのを見ても明らかですね。
結局マルジェラは2002年、ディーゼル擁するOTB(Only The Brave)グループに自身のブランドを売却し、2003年エルメスを退社。2009年ファッション界から姿を消します。その後のエルメスは、彼の師であるジャンポール・ゴルチエが引き継ぎました。
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『マックイーン:モードの反逆児』監督/イアン・ボノート、ピーター・エッテッジュイ 出演/アレキサンダー・マックイーンほか 2019年 キノフィルムズ 1時間51分 シアター・イメージフォーラムほかにて公開中
現代における、デザイナーとメガブランドの幸福なマッチングは?
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デムナによるバレンシアガ。大胆なビッグシルエットなど、ひとつのトレンドを生み出しました。Courtesy of BALENCIAGA
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バレンシアガの2019AWコレクション。袖山を突き出し、なめらかなカーブのショルダーラインが独特なシルエットを描いています。Courtesy of BALENCIAGA
いま、同様の美しいペアリングはバレンシアガとデムナ・ヴァザリア、ロエベとジョナサン・アンダーソンのケースでしょう。
ロエベは2013年秋、JWアンダーソンのデザイナーであるジョナサン・アンダーソンを起用しました。彼はロンドン・カレッジ・オブ・ファッション卒業後、2008年自身のブランドをローンチ。メンズなのかウイメンズなのか分からないような服づくり、そしてモダンなシルエットとチャーミングなモチーフづかいは斬新でした。昨今のジェンダーレストレンドを生み出した旗手の一人でもあります。
ロエベでは持ち味の通り、メンズ・ウイメンズ両方のクリエイティブ ディレクターを務めています。特にウイメンズでは自身のブランドでは見られなかったエレガンスを前面に押し出し、大人の女性に向けた秀逸なコレクションを発表しています。ハンモック、ゲート、パズルなどの遊び心あるバッグはヒットとなり、格式あるレザーブランドの新時代を切り拓いています。
ロエベを手がける以前、彼自身のブランドであるJWアンダーソンは仕様の面で購入を躊躇することが少々ありましたが、いまはLVMHの資本が入り、クオリティがしっかりした、面白いコレクションを生み出すようになりました。
もう一方のデムナ・ヴァザリア率いるヴェトモンはストリートモードシーンを牽引する存在です。しかし素材、仕様が一見普通な割にプライシングに「?」といった声もありました。このテイストで上質な、それでいてさまざまなシーンで着られるようなアップデートは起こらないのか。そのニーズに応えたのがバレンシアガとのマッチングです。デムナが起用された当時、彼は国内でほぼ無名でしたが、一気にスターダムにのし上がり、デムナ旋風が巻き起こりました。
バレンシアガはスペイン出身のクチュリエ、クリストバル・バレンシアガが始めたオートクチュールメゾンです。建築的なカッティングとしばしば形容されますが、布づかいに長け、構築的なフォルムをつくることが得意です。現在もこのDNAは受け継がれており、ストリートテイストとなった現代のバレンシアガでもシャツやジャケットのフォルムにそのマニエリスムを見ることができます。
大ヒットしているスニーカー「トリプル S」や「トラック」、革小物に目が行きがちですが、布帛類はポップに感じるデザインの裏にクチュールメゾンの威厳を隠しもっており、知的な印象です。デムナはメゾンマルジェラ出身ということもあり、マルタン・マルジェラとエルメスの関係を思い起こさせるのです。
日本発では、ユニクロとクリストフ・ルメールのコラボレーション、ユニクロUもあります。トレンドを加味したシンプルなアイテムは毎シーズン完売が出るほど人気を博しており、ユニクロの持ち株会社ファーストリテイリングはルメール社の株式も取得し、関係は深まっています。
このように、多くの人に自分のクリエイティビティを届けたいデザイナーと、新しさを必要とするブランドの蜜月はファッション文化を切り拓く起爆剤となります。その意味からも、これからはデザイナー退任の報道に注意してみてください。次は誰が起用されるのか、誰がフィットするか考えるのも楽しいことです。新たなペアリングから次なるスタイルが生まれるかもしれないのですから。
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当時29歳という若さでロエベのクリエイティブ ディレクターに就任したジョナサン。日本愛好家としても知られています。
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ロエベ2019SSコレクション。レザーアイテムを随所に用いたロングシルエットが特徴的です。
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ロエベのアイコンである「パズルバッグ」。平面に折り畳み、クラッチバッグとしても使用できます。