1980年代のニューヨークのアート・シーンで、ニュー・ウェーヴのアイコン的パフォーマーといわれたローリー・アンダーソン。そして、現代音楽はもちろん、ロック、ジャズなどジャンルの垣根を取り払った先鋭的な演奏で常に新生面を開いている弦楽四重奏団であるクロノス・クァルテット。この両者による初のコラボレーション・アルバムがリリースされました。アルバムの題名は「上陸」を意味する『LANDFALL(ランドフォール)』です。
このアルバムは、ローリー・アンダーソンが2012年にアメリカ合衆国の東海岸を襲い、特にニューヨークのマンハッタン地区を水没させて都市機能を完全に麻痺させたモンスター・ハリケーン「ハリケーン・サンディ」の記憶からインスピレーションを得たものです。
日本の国土交通省の調査団によれば「ハリケーン・サンディ」は、10月29日、アメリカのニュージャージー州に上陸。隣接する大都市であるニューヨークを直撃しました。高潮により地下鉄が浸水、800万世帯が停電。ビジネス活動の停止を通じて経済・社会活動に多大な影響を与えたと言われています。死者は、アメリカ全土及びカナダで132名(うち43名がニューヨーク)に上ったとのことです。
まさに「ハリケーン・サンディ」は「モンスター」であり、多くの人たちから大切なものを奪った「怪物」でした。日本ではあまり報道されませんでしたが、アメリカ東海岸に住む人たちにとっては、いまだに忘れられない記憶となっているといいます。
ローリー・アンダーソンは、こうした「記憶」をもとに『LANDFALL』を作曲しています。曲全体は30のフラグメントから成り立っていて、それぞれタイトルが付いています。日本語にすれば1曲目「CNNがモンスターのような嵐を予言する」、2曲目「風がダーク・シティを吹き抜けていく」、3曲目「水位が上昇する」、4曲目「ストリートは黒い川だ」……。28曲目は「すべてのものが流れていく」、そして最後は「古いモーターとヘリコプター」です。それはまるで、ドキュメンタリー作品のようです。
アンダーソンはヴァイオリンを演奏し、独自のエレクトロニック・ガジェットを使い、自分の声を男性の声に変換したりして、ハリケーンに襲われた巨大都市のさまざまな物語を語ります。そして、音楽や言葉や映像をテクノロジーによってミックスし、クロノスの4人が奏でるクラシックな音楽と重ね合わせるのです。
それはある意味で大きな「喪失」をテーマにした鎮魂歌であり、前代未聞の音楽と言えるでしょう。また、この曲は2013年に亡くなったアンダーソンの夫で、ニューヨークを代表するロック・バンド「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」のリーダー的存在であったルー・リードへの、彼女からの最後の贈り物になったように思います。