19世紀末アール・ヌーヴォーのパリ、美しい女性を植物や細やかな装飾とともに描いたポスターや挿絵で、時代の寵児となったアルフォンス・ミュシャ。金銀を多用し、当時関心が深まっていたスラヴのエッセンスを散りばめた、ロマンティックな造形を持つ彼の作品は、日本でも大人気です。ただ、その名声よりも、彼が本当に目指したのは、祖国や民族を謳う「絵画」でした。50歳で故郷モラヴィアに帰り、約16年間心血を注いだのは、古代から近代に至るスラヴ民族の苦悩と栄光の歴史を表した《スラヴ叙事詩》です。縦約6メートル、横8メートルの壮大な歴史と寓意の油彩画は、なんと20点! そのすべてが、六本木・国立新美術館に来日しています。国外での全点公開は世界初、注目の展覧会です。パリ時代から彼が構想していた祖国を描く希望は、1900年のパリ万博でボスニア・ヘルツェゴビナ館の装飾を手がけたのを機に、一気に高まりました。アメリカヘ渡り、50万人のメンバーを抱えるスラヴ協会を設立、そこで資本家チャールズ・R・クレインからの資金提供を受けて、畢生の大作が実現化します。しかし、時代は汎スラヴ主義や啓蒙主義を過ぎ、両大戦の激動へ。作品の完成時には、ヨーロッパもチェコも疲弊し、民族主義的なものへの拒否感や時代遅れの印象が持たれていたのでした。このため、恒常的に公開する契約にもかかわらず作品は城郭に閉ざされ、数回の公開のみ。2015年にようやく、プラハ美術館での全点公開と展示が決定、約100年を経て、彼の願いが完遂されたのです。得意の装飾的エッセンスを活かしつつ、象徴的に描かれるスラヴの歴史は、他国の支配と蹂躙、土着の信仰や文化とキリスト教との関係、多民族による自国内での紛争と共存など、まさに苦しみと民族の誇りに彩られています。綿密な調査による史実と神話的世界に美しく描き上げられた20の物語は、その歴史をよく知らなくても、強い感動を覚えます。今回フランス読みの“ミュシャ”ではなく、母国の発音である“ムハ”として紹介される彼が、歴史とロマンが融合したこの大作に託したのは、人類の共栄と平和の願いでもあるのです。
会場はパリ時代の華やかなポスターや装飾品、貴重なアメリカの劇場壁画などの傑作も展示、スラヴ叙事詩へ至る画家の姿をたどる造りになっています。人気の装飾画家・ミュシャの評価を振り切っても追い求めた、画家・ムハの魂の大作、その情熱と執念に、あなたは何を感じ取るでしょうか。
国立新美術館開館10周年・チェコ文化年事業 「ミュシャ展」
開催期間:~6月5日(月)
開催場所:国立新美術館 企画展示室2E
東京都港区六本木7-22-2
開館時間:10時~18時(毎週金曜日、4/29~5/7は20時まで) ※入館は閉館30分前まで
休館日:火曜(ただし5/2は開館)
TEL:03-5777-8600(ハローダイヤル)
入場料:¥1,600
http://www.mucha2017.jp/