フランスの国民的写真家、ロベール・ドアノーは生涯45万点ものネガを残しました。
『市庁舎前のキス』を撮った写真家として世界的に有名ですが、「ドアノーが撮ってくれるなら」と、多くの著名人が彼に撮られることを望んだようにポートレイトの名手でもありました。周囲から愛されるドアノー。しかし、今回の展覧会のために来日したアトリエ・ロベール・ドアノーの共同管理者で実の娘のフランシーヌは、父ドアノーのことを次のように表現します。
「仲間を愛する独り者」と。
写真家を志す人であれば、誰しも一度はドアノーのように撮ってみたいと感じるのではないでしょうか。被写体からは写真家との親密な関係性が読み取れ、旧知の仲のようにお互い解り合うかのようなムードが漂います。しかし、実際は必ずしもそうではないようです。たとえばアトリエ風の空間でソファに腰を下ろす画家のベルナール・ビュフェの肖像は、ファッション雑誌『VOGUE』の依頼によりスタジオで撮影したもの。鋭く尖った画風を特徴とするビュフェ本人のシュッとした佇まいは「いかにも」という説得力があり、その期待の裏切らなさは見事というほかにありません。しかし、意外なことに2人はこの日が初対面でした。
一体、ドアノーとはどのような人物なのでしょう。パリ郊外のジャンティイに生まれたドアノーは、芸術的世界とは遠い世界にいました。そんな彼にとって写真は芸術と接近するための手段であり、カメラはその魅力を伝えるための道具でもあったのです。ポートレイトの仕事を通じてドアノーは、ピカソやブラック、ジャコメッティら芸術家と出合い、サガンやアルチュセールら作家など1950年代前後を中心に「芸術の都」パリのイメージを支えた人々と交流する一方、ひとりで街へ出て日常の小さなドラマを撮影し続けてもいました。
今回の展覧会は、70数点のポートレイトのほかにも見どころが盛りだくさんです。なかでも日本初公開の「羊」を写した作品群は必見!これらはドアノーが憧れた『木を植えた男』の作者ジャン・ジオノへのオマージュ作品で、なんと長い間、箱の中にしまわれていました。写された愛くるしい羊たちの姿には思わずにっこりしたくなります。あまりにのびのびしているので、どうやって撮影したのかがやはり気になるのですが、その秘密に近づくヒントとして、ドアノーは被写体にカメラの存在を忘れさせることに専念したという逸話が残っています。ですがこのことはよく考えてみると、自分の存在さえも相手に忘れさせることを意味するのではないでしょうか? フランシーヌによれば「入ってくるとすべてがうまくいくという空気を持っていた」というドアノーですが、ひとに与えながらも、その実、自分はひとに何も求めようとはしなかったのかもしれません。
東京から三島までは新幹線「こだま」で約1時間。そこからシャトルバスに揺られて行けば、クレマチスの丘という美術館が点在する一帯に到着です。次の休日の予定にお薦めです。(粟生田弓)
「ロベール・ドアノーと時代の肖像−喜びは永遠に残る」
開催期間:9月15日(木)~1月17日(火)
開館時間:10時~17時(9、10 月)、10時~16時30分(11、12、1 月)※入館は閉館の30 分前まで
開催場所:ベルナール・ビュフェ美術館
静岡県長泉町東野クレマチスの丘 515-57
TEL:055-986-1300
休館日:水曜
※祝日の場合は翌日休、ただし2016年12月26日(月)~2017年1月6日(金)は休館
入館料 :¥1,000(一般)、¥500(大学・高校生)、中学生以下無料
http://www.buffet-museum.jp
企画協力 :コンタクト 協力 :アトリエ・ロベール・ドアノー