「写真とは何か」を問い、現代写真界の先頭を走り続けるドイツ人写真家、トーマス・ルフ。日本で初となる待望の大規模個展が、東京国立近代美術館で開催中です。一見、難解に思えるルフの作品ですが、展覧会を実際に見てみると、作品ごとのテーマが明快で、非常にわかりやすく展示されています。
なかでも目を引くのは、NYのワールドトレードセンターから噴煙が上がるまさにその瞬間を撮影した9.11の写真。見る人は当然ルフ自身が撮影した写真だと思うでしょう。けれども、これはルフがインターネットから探し出した画像なのです。画像は圧縮率が高いため、ブロックノイズが発生して、モザイク状のにじんだような画面になっています。それがこれから起きる建物の崩壊、さらには世界のほころびの予兆とも重なり、はりつめた一瞬を象徴しているようです。
今回の開催にあたり、トーマス・ルフ本人にインタビューする機会を得ました。次ページにて、その内容をご紹介しましょう。
作品のアイデアはいつも、むこうからやってくる!
――どのようにしてこの『〈jpeg〉シリーズ』が生まれたのでしょうか。
「9.11の事件が起きた時ちょうどニューヨークにいて、自分の小型カメラで現場を撮影したのです。けれども、現像してみると、何も写っていなかった。カメラが故障していたのか、空港のエックス線の影響なのかわかりません。それから取り憑かれたようにネット上で事件の画像を探し始めました。そして写真の構造的変化に気づいたのです。デジタル化によって、写真の最小単位は粒子からピクセルへと変化しました。さらに、膨大なイメージがネット上に流通する構造の変化もあります。そうしたことを表現するのに画像の圧縮という手法を意識するようになりました」
――膨大なイメージの中から、どのように自分の作品となる素材を見つけ出すのですか?
「イメージ自体と、それを圧縮した時の掛け合わせによって、完璧なものができあがるのです。この後、イラク侵攻、アフガン紛争、チェチェン紛争と惨劇が続き、それを題材にした作品に取りかかりました。そうした画像を集めるのに疲れてしまった時、心安らぐ美しい風景を探しました。しかし、この作品(jpeg la01)もじつは赤外線で撮影されたものなのです。今やどこにでも人間の痕跡があり、人の手が入っていないものなどないのです」
それでも、写真は真実を写すものであるとか、撮影者の主観を排した客観的なものであるとか、写真についてはさまざまなことが語られます。ルフの作品も「写真とは何か」をめぐる考察のように思えます。
――写真について、多くの人が語りたがるのはなぜでしょうか。
「それは写真が私たちにとって、最も影響力があるメディアだからではないでしょうか。インターネットによって、ビジュアルイメージはますます増殖し、私たちは常に写真や映像の影響下におかれています。そうした状況に対し、私は何が起きているのか意識し、身構えるよう注意を喚起しているつもりです。でももっと若い世代にとっては、インスタグラムやフィルターアプリで写真を加工することは当然で、写真はリアルと違うという認識は当たり前のことなのかもしれません」
――今回18シリーズが展示されているように、テーマに沿ってアプローチが異なるシリーズの多さというのも、ルフ作品の特徴だと思います。新しいテーマはどのように思いつくのでしょうか。
「幸運なことに、作品のアイディアはいつも向こうからやってきます。若くて有名なアーティストにとって、良い作品をつくることは簡単ですが、中年の有名なアーティストが良い作品をつくるのは、なかなか難しいことなのです。アイディアがやってこなくなったら、私は作品をつくるのをやめてしまうでしょうね」
深淵な作品のイメージとは裏腹に、時にユーモアを交えて真摯に話してくれたトーマス・ルフ。短い会話の中でも常に物事を多面的に捉える彼の思考の一端が垣間見えた気がします。
ルフの意図が反映されたという今展のキュレーションは「写真の歴史」を意識したもので、アナログからデジタルへの大きな転換とそれに伴う写真の変容が感じられるでしょう。「写真のテクノロジーは飛躍し、これからもますます発展していくだろう」とルフは語ります。ルフの作品はその大きさもあって、実物を見なければその本当の美しさや存在感がわかりません。ぜひ美術館に足を運んで、そのスケールを体感してみてください。(佐藤千紗)
トーマス・ルフ展
開催期間:~11月13日(日)
開催場所:東京国立近代美術館
東京都千代田区北の丸公園3-1
TEL:03-5777-8600
開館時間:10時~17時(金曜は20時まで) ※入館は閉館30分前まで
休館日:月曜 ただし9月19日、10月10日は開館し、9月20日(火)、10月11日(火)は休館。
http://thomasruff.jp/