6月29日より7月18日までの、わずか18日間。世界を巡回する、ビョークによるVR展示プロジェクト「Björk Digital―音楽のVR・18日間の実験」が東京で始まりました。会場は、2013年にも前作のツアー「Biophilia Tokyo」を行った日本科学未来館です。
「ビョークは究極に自然体でいようとする人で、テクノロジーと生命の間を自由に行き来している。その根底にあるのは、やはり自身のなかにある『音』を表現したいという欲求ではないでしょうか。ソロデビュー作の『デビュー』からコンピューターを取り入れ、最新のテクノロジーにも敏感です。その結果、彼女のまわりには才能ある素晴らしい人が集まる」と、日本科学未来館のキュレーター、内田まほろさんは言います。
展示に先駆け、6月28日には公開収録イベント「Making of Björk Digital」が開催されました。これは、最新作『ヴァルニキュラ』収録の楽曲「クイックサンド」をビョークが生で歌い、360度VR映像をリアルタイムでストリーミング配信するという世界初の試みです。日本のDentsu Lab Toykoとライゾマティクスリサーチがそれを支え、世界の視聴者がその時間を共有しました。収録後には、ビョークとともに、日本科学未来館の内田さん、Dentsu Lab Tokyoの菅野薫さん、ライゾマティクスリサーチの真鍋大度さん、TAKCOMさんとともにトークショーを行いました。次ページからは、その貴重な機会の一部を紹介しましょう。
ビョークが東京で語った、VRへの想いとは。
―― 今展は昨年1月に発表された8作目『ヴァルニキュラ』を軸にしたものです。そもそもなぜ、VR映像による表現を選んだのでしょうか。
ビョーク 『ヴァルニキュラ』を語るには、対照的な前作『バイオフィリア』について少し説明をしないといけないの。『バイオフィリア』は、タッチパネルと音楽の調和を探りながら孤島で制作したもので、最新の技術を駆使しながらも伝統的な音楽の手法でつくっていった作品。一方『ヴァルニキュラ』は、私が初めて曲を時系列に並べた作品です。その物語性はギリシャ悲劇のようで、それを表現するのにVRはいいアイデアだと感じたのがきっかけね。ただし、こういったテクノロジーには強い芯をもった構成が必要。そうした意味でも、今作は相性がいいと確信していたわ。
―― VRを「プライベートに楽しむサーカス」と言っていますが、『ヴァルニキュラ』からの1stシングルであり、VR1作目である「ストーンミルカー」はどのようにつくられ、その技術との出合いはどのようなものだったのでしょうか。
ビョーク 2年前、私はNYのMoMAからMV制作の依頼を受けました。それが、アンドリュー・トーマス・ホワンと制作した「ブラック・レイク」。ふたつのスクリーンの間を人が歩くという会場で、それぞれに別の映像をつくり、まるでクレバスのなかを人が歩くようなものにしたのね。で、「ストーンミルカー」も同じくアンドリューとつくっているんだけど、これはもっと即興的なもの。360度撮影ができるカメラがあったので、彼の「明日、君の好きなあのビーチで撮影しよう」という言葉から、8時間後には私はビーチで歌っていたわ。その日は私の誕生日で、とても気持ちがよかった。ぐるぐるまわる感覚をもった曲で、VRの可能性をとても感じる撮影だったの。それから私はVRに対してだんだん大胆になっていったのね。
―― 今日(6/28)の公演や、日本のスタッフたちとの作業はどのように感じたのでしょう。
ビョーク 今日がいままででいちばんチャレンジングだったわ。いま世界を巡回しながら、一つひとつの都市で制作しているの。今回サポートしてくれたDentsu Lab Tokyoとライゾマティクスリサーチは、「マウス・マントラ」の撮影がきっかけで、コラボレーションにいたりました。VR撮影だけでなく、もっとなにかできるんじゃないかと提案されたのが今回のライブストリーミングね。「クイックサンド」は、焦燥感のある激しいリズムが特徴的。ライブで歌うことでより活きる曲だし、リズムがストロボのよう。感情の共有ができる曲だから、今日のような日にはぴったりだったわ。
―― これまでも多くのデザイナーと協働していますが、いつもどう進めているのでしょう。
ビョーク 今日のマスクもネリ・オックスマン(MITメディアラボの教授であり建築家・デザイナー)が3Dプリンターで60時間かけてつくったもの。これも1年をかけてやりとりを繰り返したものなの。私は常にコミュニケーションを重ねることでプロジェクトを形にしている。いちばん気にかけているのはエモーションと人のつながり。ただテクノロジーが存在するのではないの。私はミュージシャンであり、ソウルを伝えていくことは最初から変わっていないわ。そもそも楽器もテクノロジーで、バイオリンだって300年前は最新のテクノロジーだったのよね。長い歴史のなかで、感情を共有するためにはどの音色かということが蓄積され、人々に共有されていった。VRだっていずれその蓄積がなされて、感情を共有するためのいいツールになっていくと思う。その可能性を探っているいまが、とってもエキサイティングなの。これからも生きていく上でさまざまなツールを使って、どうやって感情を共有していくか、その実験を続けていくわ。
―― これまであなたがつくってきた映像作品はいずれも評価が高く、後進に与えた影響も大きいものです。一つひとつの作品をどのようにつくっているのでしょう。
ビョーク 音楽をつくる時の私って、とても頑固なのよ(笑)。だけどビジュアルをつくる時はまるでバンドの一員のよう、ザ・シュガーキューブス(ビョークが以前に在籍していたバンド名)にいた時のことを思い出す。いろいろな人と協働できるし、一つひとつが違うの。今回もライブストリーミングをするなんてワクワクしたわ。もちろん足を踏み入れたことのない領域に踏み出す怖さと期待を同時に感じるの。でもそれって正しい恐怖だと思う。ビジュアルについて重要なのは、具体的に感情を表現すること。どの曲にもヒントはある。今回の曲からはストロボや色、悲観主義と楽観主義の喧嘩、そしてなによりも母と娘の関係性を描いたものだわ。それをどう映像化させるか。(日本科学未来館にあるジオ・コスモスを見ながら)母なる地球で映像をつくったのは楽しかった。完成が楽しみね。
ビョークを間近に感じる、未知のVR体験を逃すな。
「ライブは時間軸の共有ができますが、どうしても物理的な距離が生まれてしまいます。今回のVR作品は時間軸や物理的な距離を取り払い、ビョークとのパーソナルな体験を生み出すことができるもの」と、内田さんは言います。会場で体験できるのは、ビョークが初めてVR作品として発表した「ストーンミルカー」などの3作品です。
先述のように、「ストーンミルカー」はビョークがお気に入りのビーチで歌ったもの。まるで目の前にビョークがいるかのような臨場感で、美しいリズムを楽しむことができます。FKAツイッグスのアルバム・アートワークや『ヴァルニキュラ』にプロデューサーとして参加しているアルカのミュージック・ビデオなどを手がけてきたアーティスト、ジェシー・カンダが監督した「マウス・マントラ」は、ビョーク本人の口の中を生々しく映し、彼女が声帯ポリープの除去手術で一時的に声を失った時の想いを描いたものです。日本の前に巡回したオーストラリアで初上映された「ノットゲット」ももちろん公開。こちらは光の粒のなかで鑑賞者が溶け込むような体験を生みだしています。
音楽の置かれる状況が激変するなか、ビョークはその状況を含めて楽しもうとしているようです。今回撮影された作品は残念ながら、今展ではまだ見ることができません。この展示は2年をかけて12カ国を巡る予定です。日本はオーストラリアに次ぐ2ヵ所目で、今回撮影された作品はいずれどこかの国で上映されることになるでしょう。また、7月13日にはライブ・アルバム『ヴァルニキュラ:ライヴ』を発売。VR企画をまるで、「2016年のオペラ」のようだとインタビューでも語っています。制作途中にあらたな技術が生まれ、進化の荒波のなかで生まれ、育ち続ける貴重なプロジェクト。いまならそれを、東京で体験できるのです。(Pen編集部)
Björk Digital ―音楽のVR・18日間の実験
開催期間:6月29日(水)~7月18日(月・祝)
開催場所:日本科学未来館 7階 イノベーションホールほか
住所:東京都江東区青海2-3-6
開場時間:10時~17時(月~木) 10時~22時(金~日、祝)
休館日:火
入場料:¥2,500(整理番号付き)
※購入はチケットぴあにて(http://w.pia.jp/t/bjork/)
※ただし入場日時は指定制(VRコンテンツ以外は当日に限り終日鑑賞可)
※未就学児の入場不可、小学生以上は入場券が必要、展示の中心となるVRコンテンツは13歳以上が対象
※企画展、常設展、ドームシアター(いずれも17時まで)の鑑賞には別途料金がかかります