衝撃の世界を切り取る写真に出合う、いま京都で開催中の「KYOTOGRAPHIE」が鮮烈です。

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    アーウィン・オラフ「Light by Erwin Olaf presented by Ruinart」。© Erwin Olaf

    古都、京都のそこここに現れる、美しいけれどときに衝撃的な写真……。そんなイベントの季節が今年もやってきました。第4回となる「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」は、写真をメディアとする国内外のアーティスト14組が、京都の15会場で作品を見せる展覧会。歴史ある寺院の塔頭に、庭が美しい邸宅に、メッセージをもった強いイメージが並んでいます。

    見たことのないようなテクスチャーがモノクロームの画面に広がる写真。よく見ると釘で引っかいたような文字や絵、何かがしみ出して固まったかのような模様が見えます。祇園のギャラリー「ASPHODEL」で展示しているオランダのアーウィン・オラフの作品です。

    普段の彼はファッション・フォトのほか、スタジオでメイクやセットを作り込んだストーリー性のあるカラー作品を発表しています。今回は「Light by Erwin Olaf presented by Ruinart」と題して世界最古のシャンパーニュメゾン、ルイナールのセラーを撮った写真を展示しました。奇妙な模様はセラーの壁に刻まれたさまざまな刻印です。落書きや染みなど、長い歴史の中で人工と自然とが生み出したテクスチャーが浮かび上がります。「一人でセラーに入ったとき、壁が歴史を語っているのに気づいた」とオラフは言います。

    ASPHODELでのアーウィン・オラフ「Light by Erwin Olaf presented by Ruinart」展示風景。

    同じくアーウィン・オラフ「Light by Erwin Olaf presented by Ruinart」展。抽象画のようにも見える不思議な画面。

    普段はカラーで撮ることが多いオラフですが、今回はモノクロを選びました。「セラーの中はシャンパンが劣化しないようオレンジ色の照明がついていて、色が消えてしまう。その雰囲気を出したいと思った。それと、自分が写真を始めたキャリアの原点に戻ろうという気持ちもあった。暗室でプリントする、昔ながらのスタイルだね」 

    いつもはモデル、ヘアメイク、スタイリストなど20名ぐらいからなる大所帯のチームで撮影に臨みますが、今回はアシスタントを一人、カメラとライトも1台ずつというコンパクトな布陣でした。「フェルメールらオランダ黄金期の絵画などでは光が一方向から当てられている。こうして生まれる光と影がストーリーを語り、見る者の感情を揺り動かすんだ。今回、ライトを1台だけにしたのはこれら古典絵画から学んだ結果だ」

    ギャラリー素形でのサラ・ムーン「Late Fall」展示風景。薄闇の中、鳥や花が浮かび上がる。

    一方、こちらの秘密の洞窟に入ったような薄暗い空間には、サラ・ムーンの写真が潜んでいます。闇に目が慣れるにつれて、大判のプリントが少しずつ浮かび上がってきます。彼女は「ギャラリー素形」でパリの自然史博物館が所蔵する剥製や植物標本を撮った写真を発表しました。タイトルは「Late Fall」。直訳すれば晩秋ですが、サラ・ムーンは盛りを過ぎて曲がり角にあるもの、終わりゆくもののはかなさに惹かれたといいます。展示作品の中には100年ほど前の、染みがついたりひびが入ったりした鏡に映して撮ったものも。彼女は「変化してしまうものに興味がある」とも言います。万物は流転する、そんな思いがいつも根底にある日本人の感性とも響き合うものがあります。

    招喜庵でのサラ・ムーン「Time Stand Still」展示風景。作庭家、重森三玲の邸宅が会場。

    サラ・ムーンはもう1カ所、重森三玲旧宅主屋邸である「招喜庵」でも作品を展示しています。こちらのタイトルは「Time Stand Still」。地平線など、「何万年も変わることのない、普遍的なもの」をとらえた写真です。2つの会場で移ろうものと変わらないもの、対照的な時間が流れているのです。

    綺麗なだけではない、写真家たちが示す視点とは。

    通常非公開の両足院で展示されているアルノ・ラファエル・ミンキネン「YKSI: Mouth of the River, Snake in the Water, Bones of the Earth」。30年近くにわたって制作した作品と、京都で撮り下ろした新作を展示。

    建仁寺の塔頭・両足院は通常、非公開の建物です。庭が美しいこの建物が「KYOTOGRAPHIE」の期間中、アルノ・ラファエル・ミンキネンの展示会場として公開されています。ミンキネンの作品は自らが一糸まとわぬ姿になり、森や湖などの自然の中で撮影するというもの。パフォーマンス的な要素もある、ユニークな作品です。写真は室内だけでなく、庭にも展示されています。灯籠など、ちょっと変わったところにも彼の写真があるので注意して見てください。

    ロームシアター京都での銭海峰「The Green Train 緑皮車」。中国・連州市のリャンズフォトフェスティバルで2015年度の大賞を受賞した。©Qian Haifeng

    日本でグリーン車というと値段の高い列車ですが、中国の「緑皮車」はもっとも料金の安い電車です。銭海峰(チェン・ハイフェン)はホテルの電気技師として働きながらバックパッカーとして旅を重ね、緑皮車の乗客たちを撮り続けました。ペットボトルの蓋をおちょこ代わりにして酒盛りを始める人々など、貧しくてもバイタリティあふれる彼らの振る舞いは強烈です。生きることに対する根本的な姿勢やエネルギーに圧倒されてしまいます。

    誉田屋源兵衛 黒蔵のクリス・ジョーダン作品。太平洋中央のミッドウェイ島で撮影されたもの。鮮やかな色が人間の罪を訴える。CF000478 Unaltered stomach contents of a Laysan albatross fledgling, Midway Island, 2009 (from the series Midway: Message from the Gyre). ©Chris Jordan

    誉田屋源兵衛 黒蔵でのクリス・ジョーダンとヨーガン・レールの展示はちょっとショッキングです。クリス・ジョーダンの写真は親鳥がえさと間違えてプラスチックのゴミを与えた結果、死んでしまったひな鳥の写真です。2014年に急逝したヨーガン・レールは浜辺に漂着したプラスチックのゴミを集めて美しいランプを作っていました。どちらも海洋汚染を告発する、深刻だけれど美しいという、矛盾した要素をもつアートです。

    堀池御池ギャラリーでのティエリー・ブエット「うまれて1時間のぼくたち」。

    堀池御池ギャラリーで展示されているのは、ティエリー・ブエットによる生後1時間以内の新生児のポートレイト。体外受精専門の病院で撮影されたそうです。

    「KYOTOGRAPHIE」の写真は、美しいだけでなく、背景にさまざまなものが重層的に積み重ねられている、その厚さと深みが魅力です。混沌とした現実をどう解釈するのか、写真家たちの視点がその手がかりを提示しているのです。(文:青野尚子 写真:TAKUYA OSHIMA)

    KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭2016
     開催期間:2016年4月23日(土)~5月22日(日)
    開館時間:会場により異なる
    開催場所:京都市内15会場
     料金:パスポート:¥3,200(何必館・京都現代美術館を除く)、プチ・パスポート¥2,000(4会場/1日のみ有効)
    休館日:会場により異なる
    www.kyotographie.jp