横浜市中区の根岸競馬記念公苑の一画にある、「横浜・馬の博物館」をご存じですか? 開館は1977年。もともとは江戸末期の1866年に日本初の本格的洋式競馬場として「根岸競馬場」が作られた場所でした。その歴史に因み、馬の博物館には馬事文化や競馬に関連する美術品、工芸品などの資料が多数展示されています。
今年は根岸競馬場開設から150周年、そして、博物館を運営する(公財)馬事文化財団の創立40周年という節目の年。これを記念して現在、画家の山口晃さんの展覧会が開催されています。その名も「馬鑑(うまかがみ)山口晃展」。
山口晃さんといえば、日本の古典的な大和絵の構図や手法を取り入れながら、それを油絵具や水彩絵の具を用いてカンヴァスに描くという独特の表現で、国内外で人気の高いアーティスト。たとえば『當卋おばか合戦』と題した絵は一見、戦国時代の合戦図かと思いきや、よく見ると弓や槍で闘う武者の列の中に高射砲を搭載した装甲車がさり気なく並んでいます。いわゆる馬小屋を描いた『厩圖(うまやず)』では、平安時代の従者とおぼしき男性と、パソコンを傍らに置く現代のおじさんが仲良く縁側でお酒を酌み交わす様子が……。時間や空間を超えたものたちが絶妙に融合する独特の世界、それが山口作品の魅力の一つです。
そんな山口さんの絵の代表的なモチーフといえるのが、馬とオートバイが合体した“馬バイク”とも呼ばれるユニークな乗り物。頭部が馬で背中がバイクのシート、脚下がホイールとタイヤになっているものや、頭と脚下は馬で胸元にあばら骨のようなマフラーが並んでいるものなど、山口流の“馬バイク”がこれまでも数多くの作品に登場しています。
「馬もバイクも、じつに見飽きない形をしています。バイクは機能がそのままむき出しになっていて、機能だけでできているといってもいいくらいですね。馬にも同じことがいえると思います。そういうところが見ていて気持ちいいし、描いていてとてもおもしろい。だからついつい描いてしまいます」と山口さん。
馬鑑とは、今回の個展のために山口さんが自ら考案した新語で、“馬の図鑑”、“馬の姿やものの形を映し見る道具”などの意味があるのだとか。さてさて、その見どころは……。
“馬バイク”が、桃山時代の屏風絵に並び、際立つ。
今回の展覧会では、“馬バイク”が登場する作品を含めた山口作品と、馬の博物館所蔵の博物資料とのコラボレーションが展開しています。たとえば山口さんが2001年と2004年に描いた『厩圖』と、桃山時代に描かれた『厩図屏風』が並んで掲げられている一画。単純に新旧の画家が描く厩図を見比べるのもいいですし、そこから山口作品の背景にあるものを推察するのも楽しいかもしれません。また、山口作品にちなんだ兜や刀剣も作品のそばに登場しています。日本人と馬との長く深い関わりを辿ることができるこの博物館ならではの貴重な展示物とともに、改めて山口作品を見ると、また新たな発見ができそうな、新鮮な感覚が生まれてきます。
また、鳥瞰図のように広い空間にあるさまざまな物体の関係性を描いた絵や、絵巻物のようにものごとのプロセスを追っていくものなど、細かいところまで緻密に描き込まれた山口さんの作品は、いったいどこに何が描かれているのか、じっくりと見入ってしまう楽しさがあります。その意味で、今回の展示のなかでも『九相圖』は、なかなかに味わい深いものの一つといえるのではないでしょうか。
『九相図』とはもともと、屋外に捨て置かれた死体が朽ちていく様子を9つの段階に分けて描いた仏教絵画ですが、山口作品の『九相圖』には、“馬バイク”が捨てられ、朽ちていく様子が克明に描かれています。また、馬の博物館の常設展示である曲がり屋(母屋と厩が一体化している伝統的日本家屋)でも、今回は山口さんの手によるインスタレーションが展開しています。
「曲がり屋にはバイクやテレビなどの生活道具がたくさん展示されていますが、そこにある多くのものに説明キャプションをつけました。たとえばバイクには“人がまたがって運転するもの”、バケツには“水を入れる容器”という具合に。あたりまえじゃないか、ということをわざわざ文字にして説明すると、“あれ、この展示というのはいつの時代の設定なんだ? もしかしたらバイクという乗り物を利用しなくなる仮想の未来の時代の設定?”と思っていただけるかもしれない。あえて現代を相対化することで、ちょっと時間の感覚がゆらぐのも楽しいのではないかと。あとは、いわずもがな、のキャプションに笑っていただければ……」
さらに今回の注目点は、約12年ぶりに『厩圖』の新作が発表されること。開催後も山口さんの制作がまだ続いているようですが、どんな馬が、馬バイクが登場するのか、乞うご期待です!(牧野容子)
企画展 馬鑑(うまかがみ) 山口晃展
開催期間:2016年3月16日(土)~5月29日(日)
開館時間:10時~16時30分(入館は16時まで)
開催場所:馬の博物館 第2、第3 展示室
横浜市中区根岸台1-3
TEL:045-662-7581
料金:¥200(一般) ¥30(小中高生)
休館日:月(ただし5月2日は開館)
www.bajibunka.jrao.ne.jp/uma/index.html