言うまでもなく3D映画はすっかりお馴染みのものになりましたが、なかにはそれほど必然性が感じられず、普通に2Dでじっくり観たい、という作品も。そんななか、これは絶対に3Dで体感してほしい! とおすすめしたい新作が、実話をもとにした『ザ・ウォーク』です。
主人公は幼き日にサーカスの妙技に一目惚れした日から、明けても暮れても綱渡りのことばかり考えてきた男、フィリップ・プティ。サーカスの一座に入るものの、自身をアーティストだと自負するプティは、座長と袂を分かつことになります。そして彼の人生を変えた次なる一目惚れの対象が、ニューヨークのワールドトレードセンター。建設中の写真を見たプティはその日から、ビルとビルの間にワイヤーを張り、命綱もつけずに歩くという前代未聞の計画を練りはじめるのです。
建設中のビルに道具を運び込むプロジェクトの全貌は、ドキュメンタリー『マン・オン・ワイヤー』でも再現され、『オーシャンズ11』シリーズなどを思い起こさせるスリリングなクライムムービーのような興奮と楽しさを感じさせてくれました。そして25歳までのプティの半生を描き出す『ザ・ウォーク』の監督は、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』から『フライト』までチャレンジングな姿勢を見せ続けている映像の魔術師、ロバート・ゼメキス。この映画では奥行きではなく高さを表現するために3Dが効果を発揮しています。
74年にプティが実行したワールドトレードセンターの綱渡りのシーンでは、心拍数が上がりすぎ、比喩ではなく手に汗握りながら「無理無理無理無理!」と叫び出すのを抑えるのに必死の状態に。天空に張られたワイヤーの上を歩き切ったところで計画は完遂したはずなのに、あろうことか彼はワイヤーの上に寝転がり、警察の追っ手をもてあそぶように往復までしてしまうのですから!
成功したプロジェクトの映画化、つまり絶対に彼が落下することはないと頭では理解しているのに、何という凄まじい没入感でしょう。高所恐怖症気味なのでこうなることは予想できましたが、意外だったのは、プティが天空で感じた奇妙なほど穏やかでピースフルな感覚までをも共有できたこと。気づけばともにワイヤーの上を歩きながら、「何だかわからないけど、この世のすべてに感謝!」……みたいな気持ちになっていました。世界中で本当にただひとり、フィリップ・プティだけが見て、感じて、考えたことを映画館でシェアしてもらえるこの感覚。疑似体験を超える体験が味わえることこそ、3Dならではの魅力だと言えるかもしれません。(細谷美香)
『ザ・ウォーク』
原題/THE WALK
監督/ロバート・ゼメキス
出演/ジョセフ・ゴードン=レヴィット、ベン・キングズレー、シャルロット・ルボン
2015年 アメリカ映画 2時間3分
配給/ソニー・ピクチャーズエンターテインメント
1月23日より全国にて公開