フリオ・ゴンサレスという彫刻家をご存知でしょうか? 彼の名前からすぐに「鉄」と結びついた方はかなりスペイン美術に精通した方といえるでしょう。現在、東京の砧公園内にある世田谷美術館で開催中の「スペインの彫刻家 フリオ・ゴンサレス ピカソに鉄彫刻を教えた男」展では、鉄の彫刻の世界を開いた彼の代表作を観ることができます。
19世紀末、バルセロナで伝統的な金工職人の父の元で働いていたゴンサレスは、職人として繊細な金属加工を身につけながらも、当時、バルセロナで起こった前衛芸術運動「モデルニスモ」に影響を受け、芸術家を志します。その後パリへと移り住んだゴンサレスは、その技術を生かして宝飾・美術工芸の店を構えますが、第一次大戦の影響で自動車部品などの溶接工として働かざるを得ませんでした。その時に出会ったガス溶接の技術は、これまでとはまったく異なるダイナミックな金属加工の世界へと彼を導きました。大戦終結後、ブランクーシのアトリエで技術助手として働いたり、ピカソから依頼を受けて鉄の溶接技術を指南しながら、自身の彫刻作品を制作していったゴンサレス。金工や鉄のゆるぎない加工技術があったからこそ、職人からアーティストへと転身していきながらも、金属を軽やかでイマジネーションあふれる作品へと羽ばたかせていくことができたのかもしれません。今展ではバルセロナ時代の工芸品からパリ時代の彫刻、そして晩年のデッサンまで彼の軌跡を俯瞰できます。
この展覧会の隠れた魅力は、窓から差し込む光を受けた作品を鑑賞できることです。通常美術館では作品を保護するために自然光を入れませんが、今回は鉄やブロンズの彫刻作品ということもあり、ふだんは壁でふさいでいる窓を全面開放して鑑賞できるようにしています。実は世田谷美術館を設計した建築家・内井昭蔵は、デンマークのルイジアナ美術館を思いながらこの建物を設計したとか。ルイジアナ美術館と言えば豊かなランドスケープと建物を融合させ、自然と一体となったように作品を鑑賞できるように設計されていることで知られています。「今回の展示は、建築家が思い描いた美術館のかたちに最も近いのかもしれません」と学芸員の塚田美紀さんは説明してくれました。
窓の外の樹々を背景にフリオ・ゴンサレスの造形美を堪能すると同時に、空間の魅力を体験する絶好の機会ともなるでしょう。砧公園を散策しつつ、いつもと違う美術館の顔を楽しんではいかがでしょうか?(小川 彩)
上写真:第一次大戦時に溶接工として働いた際のガス溶接の技術が発揮された「ダフネ」 1937年頃、ブロンズ(鋳造) バレンシア現代美術館蔵 © IVAM, Institut Valencià d’Art Modern ※無断転載禁止
スペインの彫刻家 フリオ・ゴンサレス ピカソに鉄彫刻を教えた男展
会期:2015年11月28日(土)~2016年1月31日(日)
会場:世田谷美術館 1階展示室
東京都世田谷区砧公園1-2
TEL:03-3415-6011
入場時間:10時~18時
休館日:月曜* 2016年1月11日(月・祝日)は開館、12日(火)は休館。
観覧料:¥1,000(一般)
http://www.setagayaartmuseum.or.jp
*講演会 「彫刻が生まれるとき—— フリオ・ゴンサレスをめぐって」
2016年1月23日(土)14:00-15:30 講堂にて
講師・酒井忠康(世田谷美術館館長) 当日先着140名 参加費無料