金箔を多用した妖しく官能的な絵画などで知られるオーストリアの画家、グスタフ・クリムト。彼が1907年に完成させた『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ』は、オーストリアがナチス・ドイツに併合されていた時代の混乱のなか持ち主の手元を離れ、長らくオーストリア絵画館(映画ではベルベデーレ美術館)の収蔵品となっていました。この絵画は21世紀になって、長い裁判を経て正当な所有者に返還されることになるのですが、『黄金のアデーレ 名画の帰還』はその実話を基にした作品です(当時、電気を止められていたのか編み物に夢中だったのか、そんな事実があったことを映画を観るまで知りませんでした)。
“オーストリアのモナリザ”“国のアイコン”と言われる名画の正当な所有者だと2006年になってようやく認められたのは、アメリカに住むオーストリア出身のマリア・アルトマン(演じるのはヘレン・ミレン)。彼女は姉が死亡した際、姉が『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ』を含むクリムトの絵画を取り戻すために動いていたことを知ります。絵に描かれているアデーレとは、オーストリアのウィーンで生まれ育った姉妹が、親のごとく慕っていた美しい伯母。大富豪だった一族はナチス支配下となったオーストリアで、ユダヤ系であるがゆえに資産を没収され、離ればなれになってしまったのです。姉の遺志を継ぐことにしたマリアは、同じくオーストリアにルーツをもつ友人の息子=駆け出しの弁護士ランディ・シェーンベルク(ライアン・レイノルズ)に協力を依頼します。20世紀前半の“絵画を奪われる”悲しい過程と、1998年に始まる“絵画を取り戻す”過程が、交互に描かれていきます。絵画を取り戻す過程には、大きな大きな壁が立ちはだかります。なにしろ絵画を保有しているのは、オーストリアという国。“過去”という重い存在も関わってきます。一方、返還を求めるのはアメリカに住む老女と、美術品返還訴訟の経験はおろか裁判の経験さえ乏しい若手弁護士なのです。
頑固だけどチャーミングなマリアをヘレン・ミレンは軽やかに演じています。ただ、コロコロと心変わりする人物という印象も否めません。1本の映画にはとうてい収めきれないほど、マリアの人生は数奇なものだったからでしょう。真っ直ぐだけど頼りないランディを演じるライアン・レイノルズも素晴らしい演技を見せます。最初は、1億ドルを超える価値をもつ絵画の返還訴訟という“金”が目的で関わりますが、あることをきっかけにマリア以上に返還に入れ込むことなります。結果はわかっているのに、痛快さをまったく失っていないのは、ライアンの熱い演技のおかげに違いありません。
最後にもうひとつ。これは本筋とはあまり関係ありませんが、ファッション、小道具、空間などで、物語の一方の舞台である2000年前後の雰囲気がよく出ているように感じました。「いまとあまり変わっていないようにみえて、だいぶ違う」という15年前は、たとえば1960年代を再現するよりも難しかったりするのかもしれません。そんなところも、チェックしてみてください。(Pen編集部)
© THE WEINSTEIN COMPANY / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ORIGIN PICTURES (WOMAN IN GOLD) LIMITED 2015
『黄金のアデーレ 名画の帰還』
原題/Woman in Gold
監督/サイモン・カーティス 出演/ヘレン・ミレン、ライアン・レイノルズほか
2015年 アメリカ・イギリス合作映画 1時間49分 配給/ギャガ
11月27日より、TOHOシネマズ シャンテ、シネマライズほかにて公開。
http://golden.gaga.ne.jp