映画を観てこんなに爽やかな気持ちになったのは久しぶりでした。“家族愛がテーマ”なんて聞くと、なんだか気恥ずかしくなって敬遠してしまったりするのですが、そんな思いで見逃すのはもったいない作品。たっぷりとちりばめたユーモアで笑わせながら、家族愛を正面から描いてホロリとさせてくれるのです。
フランスののどかな村で暮らす高校生のポーラは、酪農を営む父母と弟の4人暮らし。ポーラ以外は聾唖者であるため、家族の会話はすべて手話で行います。家の中だけでなく、病院で医師の診断を父母に伝達したり、乳製品を出品するマルシェで客との会話を通訳したり。家族はポーラのことを頼りにしていて、ポーラもそれを当然のことと思っています。時々ケンカもするけれど仲睦まじい一家に、2つの変化が起こります。ひとつは父ロドルフの村長選への出馬。現村長が構想する、村の姿を変えてしまうような工場誘致を阻止しようと立ち上がったのです。もうひとつは、家族も本人も知らなかったポーラの才能が見いだされたこと。気になっている男子生徒が履修したという理由で選んだコーラスのクラスで、彼女の美しい声と抜群の歌唱力が発見されます。音楽教師はパリの音楽学校の試験を受けることを勧め、ポーラは家族に言えないまま、教師から特訓を受けることになります。思ってもみなかった自分の可能性を知ることで湧き出た希望。その一方で、父母や弟と離れるわけにはいかないという強い思いもあり、ポーラの心は揺れます。
原題は“La Famille Bélier(ベリエ家)”。一家のキャラクター描写が秀逸です。頼りになるけれど、思ったことをそのまま言葉にしてしまう父。優しさに満ちているけれど、喜怒哀楽が激しくちょっと面倒な母。父の正直な物言いにニヤリとして、昔ミスコンに出たという設定の母の芝居がかった言動にクスッとして、いまもアツアツの2人のセックスネタに吹き出してしまいます。マセガキの弟もいい味をだしています。そしてなにより、ポーラの存在感と歌声。夢と家族愛の間で葛藤する心をしっかり表現し、そのソプラノボイスで観る者を魅了するのです。物語の最後、ポーラの心情とシンクロした歌詞は、かつて青春時代を経験した大人たちの心に、きっと染み入ることでしょう。(Pen編集部)
『エール!』
原題/La Famille Bélier
監督/エリック・ラルティゴ
出演/ルアンヌ・エメラ、カリン・ヴィアール、フランソワ・ダミアン、エリック・エルモスニーノほか
2014年 フランス映画 1時間45分
配給/クロックワークス、アルバトロス・フィルム
10月31日より、新宿バルト9ほかにて公開。
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