1980年代後半にデビューして以来、世界中で圧倒的な人気を誇る写真家のヴォルフガング・ティルマンス。その彼の、日本では11年ぶりとなる美術館での大規模な個展「ヴォルフガング・ティルマンス Your Body is Yours」が、9月23日(水・祝)まで、大阪の国立国際美術館で開催されています。それは、近年のティマンスの写真に対する考え方の進化形、彼のこの世界に対する思想のより深化した表現といえるようです。
ヴォルフガング・ティルマンスは、1968年ドイツのレムシャイトの生まれです。彼が生まれた1968年は、ベトナム戦争の激化やパリの「5月革命」など、世界のいたるところで政治や文化が激動した年でした。またユース・カルチャーが世界中で炸裂した時でもありました。そんな時代に生まれたティルマンスはハンブルグで制作を始め、90年代初頭にはイギリスに渡り、美術とデザインを学びました。そして「さまざまなカルチャーが交差するところが魅力的だった」というロンドンを拠点に、本格的な活動を開始したのです。
ティルマンスは日常の何気ない一瞬をとらえた写真で、初期から人気を集めるようになりました。『i-D』や『Interviw』など雑誌に掲載された彼の作品を記憶している人もいるでしょう。彼は2000年には、イギリスの現代美術界でもっとも重要な賞であり、国民的な行事ともいわれるターナー賞を受賞しています。
彼が撮る、周囲にある事物のさりげないスナップショット、身近な友人たちや街角の若者たちの肖像。それら被写体のすべては、事物と人間の境界を超えて、パーソナルなセクシャリティを匂わせ、同時に自由な存在であることを静かに表現しているのです。一方で抽象絵画のような作品や光の軌跡をとらえたアブストラクトな写真もあります。しかし、少年時代に最初に撮った写真が「父親のカメラで小型の望遠鏡の接眼レンズから撮った月の陰画」だというティルマンスにとっては、イメージが具体的か抽象的かの区別はほとんど意味がないのでしょう。
彼は以前、ぺット・ショップ・ボーイズの『ホーム・アンド・ドライ』という曲のビデオ・クリップを監督しましたが、それは地下鉄に巣くうネズミたちを撮ったビデオでした。ティルマンスが撮ると、動き回るネズミたちの姿でさえ美しく見えることに驚いたのを思い出します。彼の手にかかると、イメージの美醜の差異は消えてしまうのです。その意味で、彼はまさにイメージの錬金術師です。
近年、ロンドンとベルリンを拠点にしながら、世界の数十か国を旅したというティルマンスは、政治や経済、技術革新など変容する世界に強い興味を持っているといわれます。2012年に刊行された写真集『Neue Welt(新しい世界)』は、変容する世界に対する彼なりの眼差しという返答にほかならないでしょう。
今回、彼自身がデザインした独特の展示空間のなかで開かれている、日本初公開の新作・近作の写真群と2台の映像プロジェクターを使った映像作品を含む展覧会は、ある意味で写真集の進化形ともいえるもの。「現在の世界はどうなっているのか?」という問いかけに対する、ティルマンスらしいシンプルなようで、重層的で濃密な答えだといえそうです。
(赤坂英人)
ヴォルフガング・ティルマンス Your Body is Yours
2015年7月25日~9月23日(水・祝)
国立国際美術館
大阪府大阪市北区中之島4-2-55
TEL:06-6447-4680(代)
開館時間:10時~17時(金曜日は19時まで。入場は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日 ※9月21日(月・祝)は開館
料金:¥900(一般) ¥500(大学生)
www.nmao.go.jp
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